異文化交流の理想と葛藤を描く 映画『マダム・マロリーと魔法のスパイス』

マダム・マロリーと魔法のスパイス
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記事について

移民問題に揺れる欧州。高級レストランの真向かいに、まさかのインド料理店。気品溢れる女主人マロリーと香辛料プンプンの移民一家は対立するが、料理を通じて次第に理解し合うようになる。異文化共生について考えさせられる心温まる人間ドラマ。

この記事はネタバレを含みます。未見の方はご注意下さい

目次 🏃

あらすじと見どころ

マダム・マロリーと魔法のスパイス(2014年) -The Hundred-Foot Journey

監督 : ラッセ・ハルストレム
主演 : ヘレン・ミレン(マダム・マロリー)、オム・プリ(インド系のパパ)、マニシュ・ダヤル(息子ハッサン)

マダム・マロリーと魔法のスパイス(字幕版)
マダム・マロリーと魔法のスパイス(字幕版)

あらすじ

故郷インドを追われたカダム一家は、車の故障が原因で、南フランスの山間の小さな町に足止めされる。

明るく、たくましいインド人のパパは、高級フレンチ・レンストランの向かいにある空き家でインド料理の店を開くことを思いつき、天才的な料理のセンスをもつ次男ハッサンと協力して、手頃なインド料理を振る舞う。

アットホームな雰囲気の『メゾン・ムンバイ』は地元で大人気となるが、高級フレンチ・レストランを営むマダム・マロリーとシェフにとって、強烈なスパイスや、ゴテゴテのインド風インテリア、大音量の音楽は不愉快きわまりないものだった。

やがて両店には険悪なムードが漂い、放火や落書きなど、嫌がらせもエスカレートする。

見るに見かねたマロリーは少しずつカダム一家と歩み寄り、カダム一家も伝統文化を学ぶようになる。

やがて彼らの交流は、天才的な料理の才能をもつ息子ハッサンの料理に結晶し、思いがけない栄誉が訪れるが……。

見どころ

『マダム・マロリーと魔法のスパイス』は、2014年に公開されたコメディドラマだ。

主演にイギリスの演技派女優ヘレン・ミレン、作中に登場する料理は、インド出身のアメリカ人シェフ、フロイド・カルドス氏が監修し、高級フランス料理や創作料理、インドの郷土料理などが楽しめる、良質なグルメ映画に仕上がっている。

本作は、ハートウォームなホームドラマであり、次男ハッサンのサクセス・ストーリーでもあるが、本質は、多文化共生の理想を描いた社会派ドラマである。

それも一方的に移民の肩を持つのではなく、彼らもまた地元の文化やマナーを学び、自立を目指そう、というメッセージが織り込まれ、どちらの側から見ても、バランスのいい良作だ。

また、「フランスはフランス人のもの」「移民を許すのですか」という受け入れ側の本音もストレートに描かれ、「臭いものに蓋はしない」という姿勢も好感がもてる。

これまで、同じ文化を共有する者同士、居心地のいい世界を保ってきたのに、突然、目の前に、場違いなインテリアやネオンぎらぎらの店が出現し、価格破壊の商売をされては、誰だって戸惑うし、不愉快に感じる。

だが、それを人道的に断じたり、上から目線で高説を宣べるのではなく、『料理』という、多文化共生の申し子みたいなモチーフを通して、コミカルに描いている点が、本作の最大の魅力だ。

思えば、日本人が大好きな『カレーライス』も『ラーメン』も、和食のオリジナルではないし、ファミレス・メニューでお馴染みの『スパゲティ・ナポリタン』『ハンバーグドリア』も、本家本元のパスタやオーブン料理とは大きく異なる。

これらも日本の料理人たちが外国の郷土料理を持ち帰り、和の味と融合して作り出したもので、多文化共生の賜だ。

しばし文化作品が、外交上、物議を醸すのに対し、カレーライスやラーメンは決して争いの火種となることはなく、美味いものは誰が食べても美味い。

また大衆料理に決まりも制限もなく、SUSHIやMISOSHIRUのように、地元民の好みに合わせて、様々に進化を遂げる料理もある。

そう考えると、料理ほど平和的、かつ柔軟性に富んだ創作もなく、多文化共生を考える上で、料理をモチーフに選んだ制作サイドのセンスと見識の高さに感嘆せずにいられない。

世界的なポリコレブームの中、綺麗事ばかりのお涙頂戴ドラマや、やたら意識高い系のお説教ドラマに辟易している方、『シェフ ~三つ星レストランの舞台裏へようこそ』や『レミーのおいしいレストラン』など、料理系ドラマが大好きな方も大満足の逸品である。

【画像で紹介】 異文化共生の理想と葛藤

フランス高級レストラン VS 移民のインド料理店

インドで暴動に巻き込まれ、欧州にやって来たインド人のカダム一家。最初ロンドンに住んでいたが、「英国の野菜に問題が……魂も生命もないんです」という理由で、再び移動。車で国境を越えられるのが欧州のいいところ。
彼らがやって来たのは南フランスの山間だ。その町には、ミシュラン一つ星を誇る老舗のフレンチ・レストラン「ル・ソール・プリョルール」があった。切り盛りするのは、英国からきた女主人マダム・マロリー。

だが、向かいの大きな空き家に目を留めたパパ・カダムは、ここでインド料理のレストランを開くことを思いつく。
一つ星レストランの真向かいに、まさかのマハラジャ。

客引きのため、娘にベリーダンスを踊らせ、ネオンぎらぎら、大音量でインド音楽を流す。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

当然のこと、一つ星レストランの雰囲気はぶち壊し、マダム・マロリーとも険悪になるが、天才的な次男ハッサンの作るインド料理はたちまち話題になり、地元の人気店になる。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

そんな彼らの関係を変えたのは、放火事件だ。
インド料理の店は炎に包まれ、ハッサンも両手に歌唱を負う。
壁には「フランスはフランス人のもの」と殴り書きされ、さすがのパパ・がダムもハッサンも打ちのめされる。

さすがに黙って見ておれなくなったマダム・マロリーは自ら落書きを消しに赴く。
そんなマロリーもまた、英国からフランスに渡った移民であり、フランス人シェフに見下されていた。

「ここの戦争は終わった」という言葉には二重の意味がある。

インド人の隣人に対し、やってはならない行為に及んだことで、個人的な怨讐はなくなったこと。

さらに見方を拡げれば、もはや国と国が争っている場合ではない、私たちは「放火」という卑劣な行為に毅然と立ち向かい、手を取り合う時が来たのだ、というメッセージでもある。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

実は誰よりも深くハッサンの才能を理解していたマロリー。
罪滅ぼしの気持ちもあり、自らのレストランに招いて、荒削りなハッサンを鍛える。
ここでは「伝統」と「オリジナリティ」の見事な融合が見て取れる。
確かにハッサンは天才肌の料理人であるが、数百年にわたって培われてきた正統派のメソッドはない。
それをマロリーが訓練することにより、料理の基礎が確かなものになる。
料理でも芸術でも、基礎は大切ということ。

一方、伝統に囚われていたマロリーも、ハッサンの新しい味を受け入れることで、一段と実力を増す。

「コリアンダーを入れました」
「200年のレシピを変えるの?」
「200年たつと味に飽きがきますよ」

マダム・マロリーと魔法のスパイス

ハッサンはパリの革新的なレストランに招かれ、一気に才能を花開かせる。
美術、料理ともに、パリらしい演出だ。

こんな料理、見たことない! これぞ『創作』という感じ。

”コリアンダーとマサラでサプライズが誕生しました
タンドリ風の味わいが絶品
マリネしたタマリンドとスモークしたチリ・パウダー
やみつきになる魚料理です”

マダム・マロリーと魔法のスパイス

故郷で息子の活躍を見守るパパ・カダムとミセス・マロリー。
一流の料理雑誌に掲載された息子の写真に「まるでテロリストだ」と溜め息。
そしてまた故郷に残されたパパとマロリーの間にも友愛が芽生えていく。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

田舎くさいカレー屋の親父が、いつの間にやら、一つ星レストランの広間で英国貴婦人と社交ダンスを踊るダンディーに。
変わったのは味ばかりではない。
パパ・ガダムもまた、英国流、フランス流の行儀や文化を取り入れ、素敵に変身していく。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

だが、華々しい成功とは裏腹に、ハッサンの心は満たされない。
ある夜、閉店した店の片隅で弁当をつつく同僚に声を掛け、彼の奥さんの手料理を味わう。
マンゴ・パウダーやガラム・マサラなど、インドの懐かしいスパイスを口にするうち、故郷を思い出し、涙を流すハッサン。

ついに自分の居場所を見つけたハッサン。それはインド人家族にとっても安住の地を見つけた証。
敵対していた一つ星レストランとインド料理の店は和やかに融け合い、皆で料理を味わう……というハッピーエンディングだ。

マダム・マロリーと魔法のスパイス

多文化共生の理想と共存共栄

あなたは毎日、香辛料山盛りの料理を左手で食べる人と、食卓を共にして生活することができますか?

この作品は、「一つ星レストラン+英国の貴婦人+フランス人シェフ」VS「インド料理+移民」という、まったく質の異なるものが出会い、反発し、融合して、一つの新しい味を作り上げる過程を描いているが、その転機となったのが「放火」という理不尽な攻撃であり、その点がいかにも現代的で、示唆に富んでいる。

何も悪いことなどしていないのに、「インド人」というだけで大切な店を破壊された一家の無念。

自分も同じように移民であり、その苦労を少なからず知っているミセス・マロリー。

この一件で敵対から和解に大きく舵を切ったのが「英国貴婦人」というのも、なかなかに含みがあるだろう。

どうしても相容れないフランス人シェフとインド人一家の間にも、客観的な視点を持つマロリー的なものが介在すれば、そこに突破口が開けるかもしれない、という点で。

どこの世界、どんな国でも、共生は難しい。

自分と異なるものを恐れ、忌み嫌うのは、生物的に仕方のない部分もある。

それでも、私たちには料理(=文化)があるし、知性もある。

いたずらに嘆くのではなく、互いの味を味わってはどうか。

それはきっと、作中でも右往左往するだけで、何の力にもなれなかった町長(=政治的な象徴)よりも、きっと実際的で、友好的だろう。

そこに美味い料理がある限り、人も自ずと笑顔を浮かべる。

そして、この国際社会が、ラストの和気藹々とした食卓みたいになればいいのにね……

という願いを描いたハートフルなコメディです☆

【コラム】 伝統だけでは廃れる。自己流だけだと伸び悩む

本作では、芸術の温故知新も描かれている。

伝統だけでは廃れる一方だし、自己流だけだと、いつか伸び悩む。

ハッサンがフランス語の料理本を熱心に読む場面では、古来から、どの国の芸術家もこのようにして異文化と出会い、エッセンスを吸収して、独自の作品を作り上げてきた経緯が窺えるし、「いいものを作りたい」という芸術家の飽くなき情熱が文化の発展に貢献してきたのだと。

歴史的にも、移民=異文化との出会いは避けて通れないし、またそれ無くして自文化の醸成もあり得ない。

本来、それは火花と火花が飛び散るように劇的で、ダイナミックな瞬間なのだ。

だが、各国の利害と結びつけば、笑い話で済まないし、いつもと変わらぬ暮らしを望む人にとっては、日常の脅威ともなる。

「異文化の人とも仲良く」というスローガンは、自分の暮らしを脅かされないからこそ言えることで、自宅の隣に場違いな料理店がオープンし、スパイスぷんぷん、毎晩パーティー、見た目も言語も異なる人が夜な夜な集まるようになれば、たとえ料理が美味しくても、心穏やかでいられないのではないだろうか。

だからといって、完全に扉を閉ざしてしまえば、可能性も失われるし、自国の文化もいつかは行き詰まって、世界の潮流から置き去りにされる。

たとえ摩擦が生じようと、異文化との接触は避けられず、私たちは関わり方を学ぶ以外に、互いに幸せになる方法はないのだろう。

どんな社会も、異文化と接触する中で、揺らぎ、変化し、再生を繰り返す。

激しい衝突は、時に一国を崩壊させることもある。

そんな中でも、決して滅びず、全ての人を幸福にするものがある。

それが『料理』だ。

餃子も、ケバブも、ボルシチも、美味しいものは美味しいし、料理は「美味しい」というだけで、人を幸福にする。

それはどんな立派なスローガンより心を和ませ、社会の潤いとなるのではないだろうか。

ヘレン・ミレンはこちらの作品にも出演しています

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