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Tag精神的親殺し

親の死を願う子供たち ~Googleのキーワード検索より

長年、子育てコラム『オイディプス王と精神的な親殺しについて』を公開していたところ、「親死ね」「親殺す」というキーワードで訪問者が殺到し、Googleアナリティクスの検索結果が恐ろしいことになったことがありました。 そのエピソードを元に書いた記事がこちらです。 親の死を願っても、人生は変わらない...

子どもの許しはいつ訪れるのか ~親殺しと再生について

子どもが真の大人になるためには、内面的な母親殺しや父親殺しをやり遂げねばなりません。それは決して恨みや憎しみではなく、親の定めた規範や価値観を乗り越えることです。内面的な親殺しに失敗すれば、子供は「自分が死ぬか、親を殺すか」という気持ちに追い込まれ、精神的自立に失敗するのです。

毒親に苦しんだあなただからこそ、出来ることがある ~書籍『親の死を願う子供たち』のあとがきより~

乗り越えたと思ったら、また新たな問題が持ち上がり、何度でも、何度でも、どん底に叩き落とされる。その度に、人の倍ほど苦労して、理不尽に感じることもあるかもしれません。親子関係の傷も、一生抱えて生きていくことになるかもしれません。それもまた、あなたの人間的な能力の一部です。

子供の反抗は『親の否定』ではない

『親殺し』という言葉だけ見れば、非常に激しい印象を受けますが、要は、親の影響から離れて、我が道を行くだけのことです。子どもだって親を愛したい。どんな時も尊敬の気持ちで仰ぎ見たいと願っています。意見が食い違うことと、親を否定することは、まったく別物です。

親殺しは心の中で成し遂げる オイディプスの幸せ道

親に逆らうことに罪悪感を持ち続ける限り、あなたは生涯、呪いの囚われ人であり、「親 死んでほしい」「親 殺したい」という憎悪から解放されることもありません。あなたの心の中で、親は一生許しがたい悪魔として存在し、その毒は、あなたの人生も、あなたの周りの人も、めちゃくちゃにしてしまうでしょう。

対決を通しての親子関係の安定 ~立派な親の姿を見せるより、正直な人間として子供と向き合おう~

立派な親だから、正しいことを言っているから、尊敬されるわけではありません。愛とはもっと正直なものです。子供は人間である親を理解し、愛したいのです。立派であらねば……という気負いは、かえって子供の心を遠ざけ、負担となってしまいます。本当の自分を恐れずにさらけ出してみませんか。

十八歳の決断 親から離れて自立する

フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソーの名言に「人は二度生まれる。一度目は存在するために。二度目は生きるために」というものがあります。心身ともに成長し、『自分』というものが頭をもたげてきた時、親を乗り越えて前に進むか、生涯、無力感や無能感にとらわれて人生を棒に振るか。そこが大きな分かれ目です。

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