壊れそうに美しい『Love Theme from Spartacus(スパルタカス 愛のテーマ)』ジャズ・ピアノの傑作 by ビル・エバンス

about
ピアノの詩人ビル・エヴァンスの作品の中でも極めて美しいソロの名曲。カーク・ダグラス主演の歴史大作『スパルタカス』のピアノ・アレンジで、繊細なメロディと透明感あふれるサウンドはまさに壊れそうな美しさ。その他のアレンジやお勧めアルバムも紹介しています。
目次

『Love Theme from Spartacus(スパルタカス 愛のテーマ)』について

息をひそめて聞きたい曲がある。

しんと静まりかえった夜、部屋の隅でそっと耳を傾けたいような……。

『Love Theme from Spartacus』はまさにそんな曲。

カーク・ダグラス主演のアカデミー賞受賞作『スパルタカス』の愛の場面で効果的に流れるテーマ曲をアレンジしたものだ。
(参照記事→ 目と目で見交わす愛 カーク・ダグラスの映画『スパルタカス』

ビル・エヴァンスの演奏は、温かな愛の世界をいっそう純化し、魂の語らいに高めていく。

よどみのない奏法と、水がきらめくような透明感が素晴らしい。

*

録音されている演奏は数種類あって、お気に入りを探すのに一苦労します。

私の一押しは、ビル・エヴァンスの精神性を感じさせるアルバム『Conversations With Myself』に収録されたもの。冒頭のアルペジオが非常に美しく、オリジナルのオーケストラ・バージョンとは大きく世界観も異なります。

オリジナルの映画音楽はこちら。

こちらはフルート奏者のジェレミー・スタイグとのデュオ。
ビル・エヴァンスは伴奏に徹して、ピアノソロのような透明感はありませんが、曲のもつ優しさや叙情性を上手に表現しています。

CDとSpotifyの紹介

上述の『Conversations With Myself』はAmazonでリリースされています。MP3ストリーミングもあり。

Spotifyの視聴はこちらです

Conversations With Myself(MP3、ストリーミング、CD、レコードあり)
Conversations With Myself(MP3、ストリーミング、CD、レコードあり)
ピアニスト、ビル・エヴァンスの代名詞の1つに「インタープレイ」というのがある。相手ミュージシャンと、リアルタイムで刺激し合いながらスリリングなジャズを創造していくことだ。相手はスコット・ラファロ(B)やギタリスト、ジム・ホールなど。
ジャズは本来そうあるべき、そうあるはずの演奏は、瞬発力、応用力の優れた者同士では一層実りのある演奏を生む。本作ではそのインタープレイの相手を「自分」に求めている。この時代にはめずらしい、多重録音ジャズは、自分の弾いたソロ・ピアノ演奏に対してインタープレイを行っていくというコンセプト。
初めのピアノはソロ演奏で、影響される「音」はないが、オーヴァーダビングしていくピアノは自分の弾いたピアノに反応して弾かれる。都合3つのピアノが左右真ん中に聴こえ、2つめは1つめに、3つめは2つめ1つめに対しインタープレイを行うという試み。実験的ではあるが、出てくる音は音楽的に素晴らしいもので、グラミー賞を獲得している。

ピアノの詩人ビル・エバンスが、2人のフルート奏者と共演した2枚の秀作をカップリングした徳用盤です。最初の7曲は、ジェレミー・スタイグと共演した1969年録音の名盤「What's New」(Verve)。1曲目のブルースからホットに盛り上がり、「ホワッツ・ニュー」や「枯葉」などの名曲をアグレッシブに演奏、最後はマイルスの「So What」で再び頂点に達します。後半の6曲は、もうひとりの人気フルート奏者ハービー・マンと共演した1962年録音の「Nirvana」(Atlantic)。こちらは静かな曲が中心で、「I Love You」「Lover Man」のほかエリック・サティの「ジムノペディ」が聴きどころでしょう。

ジェレミー・スタイグのフルート・バージョンが収録されています。(Amazonで試聴可)
『枯れ葉』や『so what』など、スタンダードな名曲をスタイリッシュにアレンジ。アーバンな雰囲気の漂う一枚です。
やっぱ「スパルタカス」が一番秀逸だけど。

ビル・エヴァンスと自己からの逃避

ビル・エヴァンスの演奏は、「死に真っ直ぐひた走る」というよりは、一段、一段、天上に憧れて階段を上っていくようなイメージ。

もちろん、その天上に神はなく、真っ白な無が拡がるばかりだ。

ビル・エヴァンスにとって、死とは、自分が無くなることではないかと思わずにいられないほどに。

この世のものとは思えぬ重力感のなさは、自己表現というより、自己からの逃避ではあるまいか。

その音色は、繊細を通り越して、今にも壊れそうである。

それでも美しく感じるのは、彼の見ている先が、死ではなく、完全に浄化された世界だからだろう。

*

あまりに美しいからといって、泣くことはない。

何故なら、彼の方で、すでにたくさんの涙を流してくれているからだ。

私たちは、ほんの少し、心を波立たせるだけでいい。

それ以上、悲しんだりしたら、彼がもっと嘆き悲しむから。

私たちは、今にも壊れそうな音のしずくを、そっと抱きしめるだけでいい。

【音楽エッセイ】 生きていても仕方ないような夜でさえ

壊れそうでもいいじゃない。

その人が周りを傷つけるのでなければ、壊れかけの心でもいいと思う。

今にも折れそうな心の翼を星の糸でつなぎ止め、夜闇を友として生きていく。

強いだけが全てではないし、善いことだけが世界を輝かせるわけでもない。

もろいもの、はかないものにも、命を生きる価値がある。

たとえ生きていても仕方のないような夜でさえ、孤独を肯定する権利はあるというもの。

*

ビル・エヴァンスを聞いていると、世の中で「正しい」とされること、

幸せとか、希望とか、積極性とか、

そんなものに何の意味がある? という気持ちにすらなる。

みながみな、昼の日中に、大口を開けて笑っているわけでもなし。

夜には夜の美しさがあり、孤独の意義がある。

たとえその人生が絶望のただ中をひた走るものであっても、

人は人。人生は人生だ。

幸福な魂には見えないものが見えるということも、

一つの能力であり、恵みでもある。

ビル・エヴァンスのように、

ただピアノだけが魂に呼応する生き方あってもいいだろう。

誰の理解も及ばない音の世界に、一人ぼっちで置かれたとしても。

天に愛される人は、より多くの悲しみを与えられ、

人より早く寿命が尽きるように設計されている。

孤独のうちに壊れていくのではなく、

最初から壊れやすく作られているのだ。

世の中には、幸福よりも、何よりも、美を求める人がいる。

そして、真実の美も、それを知る人を決して見捨てはしない。

美の方が、彼を求めて、天上へと誘う。

世間一般では、それを「死」と呼んでいる。

ビル・エヴァンスのおすすめ
僕が死んだら、この曲のように僕を思い出して。ビル・エヴァンスの名曲に寄せて もし、僕が突然死んだら、この曲のように僕を思い出して。この世に記憶する人が在る限り、その願いは叶うだろう。でも、いつかは、僕を偲ぶ人も消え去る。だからといって、今、生きていることが無意味だとは思わない。僕はこの世の全てを味わうために生まれてきたのだから。

初回公開日 2011年9月21日

目次
閉じる