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「好きなことをして生きる」は正解か

現状が厳しいからこそ、好きなことをして生きよう、というのが昨今の合い言葉になっています。

確かにそうかもしれませんが、好きな道を選択したところで、嫌なことが完全にゼロになるわけではありません。憧れの歌手になっても、仕事仕事で追いまくられて、売り上げのプレッシャーもひとしおだし、高給取りになっても、顧客に振り回されたり、有休も自由に取れなかったり、辛いことや苦手なことは必ずワンセットで付いてきます。

好きなことをして生きれば、「努力を苦と感じない」「何をやっても楽しい」みたいに、精神的に幸福に感じやすいというだけで、嫌なことは何一つしなくていい、という意味ではありません。 プロのカメラマンやイラストレーターになれば、好きなことを好きなだけやれるのではなく、気乗りしない案件でも水準以上の品質に仕上げて納入するスキルと責任が求められます。好きなようにやりたいなら、フリーのインスタグラマーでいた方がはるかに気楽ですし、フォロワーがたくさんいる人気アカウントだからといって、必ずしもプロと同等に働けるわけではないんですね。

その上で言うのですが、好きなことをして生きたいなら、現実的な戦略を立てましょう。どうやって生活を立てるのか、貯蓄やリモートワークは可能か、育児や介護の必要性が生じた時、継続できるか、いつまでに何をして、どんな形で夢を叶えるか、といった具体策です。

多くの人は好きなことをして即収入に結びつけようとしますが、中には回り道をしながら運を掴む人もあります。前述のように、そうした試行錯誤の過程を勉強といい、創造性と呼びます。

身近な例を挙げれば、コンビニでアルバイトしながらライブ活動しているミュージシャンとか、会社員をしながら同人誌を手掛けている漫画家とか、二足のわらじを履いている人はたくさんいますね。本命は『企画』だけど、最初は入職しやすい部署から飛び込んで、社内でキャリアを積んだ後、念願の仕事をゲットする人もあります。

皆が皆、漫画家志望→マンガ学園に入学→新人賞受賞みたいに直球勝負しているわけではなく、何年、時には、何十年とかけて、目的を達成する人も少なくありません。それが苦にならないのは、やはり「好きだから」で、大した動機もなく進学や就職して、後々、こんなはずじゃなかったと後悔する人との違いです。

いずれにせよ、『いかにこの現実社会を生き延びるか』が大前提であり、その戦略を欠いて好きなことだけ望んでも、とうてい生活は成り立ちません。SNSでもメディアでも、「私は好きなことだけして生きてきた」みたいな話がありますが、百パーセント好きなことだけしてきたのではなく、生き残るための戦略をきっちり立てた上で、好きなことを楽しんでいるのが大半だと思います。たとえば、漫画を描く時間を確保するために、給料は少なめでも、定時で帰宅できる職種を選ぶとか、少しでも目標に近い場所に足がかりを作るために、丁稚奉公みたいな形でその業界に入り込む、みたいなことです。そうして培った知恵や粘り強さが、憧れの仕事をゲットした時に活かせるわけで、好きなこと=自分の思い通り、ではないんですね。

世の中には、数年で目標を達成する人もあれば、六十代、七十代でアプリやイラストの作者として注目を集める人もあり、いつ何がどうなるかは誰にも分かりません。若い人から見れば、「七十歳まで待てるかよ。今すぐ結果が欲しいんだ」と思うかもしれませんが、あまりに早く人生の最盛期を迎えた為に、あまりに早く運が尽きてしまうこともあります。デビューが遅いからこそ、人生の最後までロングランを維持できる人もあるわけですから、どこの世界も粘った人の勝ちではないでしょうか。

確かなのは、好きなことは、努力も、苦痛も、幸福に変えてくれる魔法だということ。

そんな好きなことを既に学生時代に有しているあなたは、人生に愛されている一人です。――貧乏、孤独、毒親、病弱、等々、それ以外の条件が最悪でも。

高卒でも職人を目指せ

私が子供の頃、近所に「オレはM社の課長」というのが自慢の人がいました。M社は日本が誇る実業家が興した世界的企業で、今風に喩えれば、MicrosoftかAppleのマネージャーみたいなものです。でも、私は子供心にずっと思っていました。「会社やめたら、ただの人やん。周りはM氏の偉業に頭を下げてるのであって、おっちゃん自身が偉いわけじゃない」。

そういう経験もあって、私は進路を決める際、「会社やめたら、ただの人」にはなりたくないと思っていましたし、本当に人生の支えになるのは独自の技術だということを身にしみて感じていました。自営業の家に生まれて、手に職をつけた女性たちが働く姿を間近で見て育った点も大きいです。たとえ会社がつぶれても、営業に失敗しても、技術さえあればやり直せる現実を、幼い頃から体感してきたからです。

もちろん、どんな技術が旬になるかは、一流のエコノミストでもなかなか予測が難しいです。とりわけ現代は『秒進日歩(日進月歩より更に速い)』と称されるほど技術や価値観の移り変わりが激しいです。今時、メーリングリストなど活用している人など僅かでしょう。グループ内の情報共有はスマホのアプリがメインになり、PC、モバイル、家電、オフィス機器などが一つのネットワークで結ばれた時代に切り替わりつつあります。九十年代後半に一世を風靡したメーリングリストのサービスも、今や影も形もないように、今後も恐ろしい勢いで入れ替わりしていくと思います。

一方、この世から永久になくならない職種もあります。看護師、美容師、納棺師、消防士、保育士、調理師、建築士、プログラマー、工業デザイナー、ガスや水道の修理、等々。景気によって売り上げは左右されても、仕事そのものが消えてなくならないものは、案外多いです。日本ではイマイチでも、海外に行けば重宝されるスキルや商品もあります。

会社勤めにしても、フリーランスにしても、生涯にわたる専門知識や技術の習得は必須で、就職が決まればゴールということはありません。そういう意味でも、この世で生きていくことは厳しい、その代わり、スキルや心ばえに応じた嬉しいことがあるのも本当で、それを実感すればこそ、絶え間ない努力が続くのかもしれません。

技術やセンスの良し悪しは学歴を問わないし、どんな言い訳も通用しないフェアな世界でもあると思います。有名な受賞歴があっても、まずいものはまずいし、○○大卒のプランナーだからといって、必ずしもヒット商品を生み出せるわけではないですから。

学歴や資産や人脈など、手持ちのカードが少ない人は、スキルや経験値を高めて勝負すればいいですよ。

一流人ほど具眼に優れる

そうはいっても、この世は学歴社会、何をするにもフィルターにかけられ、馬鹿にされるのではないか……と心配する人もあるかもしれません。

しかし、皆さんは、美味しいケーキを食べた時、「このケーキ職人はパリで修行してないからダメだ」「○○賞の受賞者しか信用しない」なんて思います? 美味しいものは美味しい、たとえ独学でも、コンテストは未経験でも、腕がよければ心を動かされるのではないでしょうか。

それと同じで、真の一流人ほど世間のフィルターより自分の目で見て感じたことを信頼するものです。素人がレビューサイトや権威の箔付けを気にするのは、自分で良し悪しを見抜く力がないからでしょう。一流の音楽家のように、ほんの数分、演奏を聴いただけで、奏者のセンスやテクニックを見抜く力があれば、「○○音楽院の生徒なら優秀」なんて考え方はしないのです。

もちろん、世の中には、「法律で定められた課程を修了している」「三年以上の実務経験が必要」「これまでにトップクラスの入賞歴がある」などフィルターを設けている分野もあります。それでも人間性まで含めた可否を判断するのに、一流人はレビューサイトや学歴など当てにせず、自身の勘や審美眼で選び取るものです。プロ野球のスカウトも、学生時代の成績を参考にはするけども、最終的には自分の目で見て判断するでしょう。「強豪チームの四番打者だから」「○○監督が凄いと言ってるから」なんて基準でスカウトする人などないですよ。

もし、相手の技術や人柄を知る前に、「どこの大学を出ましたか」「推薦状はありますか」なんて聞いてくる人があれば、それこそインチキですよ。自分で相手の力量を見抜く力がないから、フィルタリングに頼るわけです。そんな人に太鼓判を押されたところで、大して当てにはなりません。なぜなら、あなたが期待外れだと、すぐに見放すからです。「○○大卒のくせに」みたいに。その点、自分の目で見て判断した人は、失敗しても、辛抱強く付き合ってくれるところがあります。なぜなら、あなたを選んだ自分自身を何よりも信頼しているからです。「確かに何かを感じさせたのだから、練習方法を変えれば、弱点を克服できるかもしれない」みたいに可能性に懸けてくれるます。どうせ選ばれるなら、後者のような人に期待されたいでしょう。

選ぶ相手に選択肢があるように、選ばれる方にも知恵があります。何でもかんでも評価されたらOKみたいな考えだと、履歴を偽り、相手に媚びへつらい、目に見える結果にしがみつくようになります。またそんな人に付いていっても、良いことはないと思います。見る目のないコーチにバッティングを教わるようなものですよ。

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