大作家でさえ自分の寿命はコントロールできない

『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの最後の作品である。この大作を書きあげてわずか八十日後に、作家は世を去っている。脱稿の日(一八八〇年十一月八日)に編集者へ宛(あ)てた手紙には、「あと二十年も生きて書きつづけるつもりです」と書かれていたが、その気負いと願望はむなしくなった。作品の序文に記されていた約束、つまり、十三年後のアリョーシャを主人公に、「いま現在の時点」を舞台にした続編を書くという約束も、ついに果されずに終った。しかし、よく指摘されるように、長編『カラマーゾフの兄弟』はそのような続編なしでも、これだけで充分に独立した完結性をそなえており、それどころか、小説というジャンルで世界文学が到達しえた最高の達成の一つとして、百年近くを経た現在でも、今日的な関心と興奮をもって読みつがれている。

 作者自身にとっても、この小説の完成は、ある意味でそれまでの彼の生涯をしめくくるような意義をもつものであったらしい。「さて、ようやくこれで長編も完成しました! 書くのに三年、載せるのに二年――私にとって意義深い瞬間です」とは、やはり脱稿の日の手紙の一節だが、五十九歳の大作家の口から出た「意義深い瞬間」という言葉には、思わず襟を正させられるような重みを感じないわけにいかない。むろん、間近に迫った死を作家が予感していたはずはないし、むしろその逆なのだろうが、彼の意識下のどこかには、これで、いわば「遺言」として残しても恥ずかしくない「新しい言葉」を発することができたという自信と満足感が動いたのではないだろうか。

 江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』 世界文学全集(集英社)

ドストエフスキーのような大作家でさえ、自分の寿命はコントロールできません。

身辺が落ち着いたら、

仕事が一段落したら、

などと暢気に構えているうちに、時間はどんどん過ぎていきます。

やりたいことがあるなら、今すぐに

これは私の恩師の言葉でもあります。

時間こそ、成功の根源。

幸福の絶対条件です。

人間が生きて、元気で動き回れる、有限の時を甘く見てはいけない。

それは時に、才能よりも、運よりも、もっと大事です。

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