真澄のバレエが変わった『愛の伝説』と振付師ユーリー・グリゴローヴィチ

バレエ『愛の伝説』 ~人に譲れる恋は本物ではない / 役柄に心を解き放つ

バレエ漫画の金字塔。地方のバレエ教室の一世とに過ぎなかった聖真澄が、ロシアの名教師アレクセイ・ミハイロフをはじめ、様々な強敵や天才との出会いを通して、世界を代表するプリマに成長する物語。単なるスポ根にとどまらず、人生とは何か、芸術とは何かを問いかける、哲学的な作品です。この記事はSWANに登場する演目や見どころについて動画で紹介しています。

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レオンと真澄の『ドン・キホーテ』 二人で作るバレエと人生 ~パートナーシップとはの続きです。

目次 🏃

バレエ『愛の伝説』について

物語

バレエ『愛の伝説』 Legend of Love は、トルコ出身の詩人、ナーズム・ヒクメットの戯曲を題材に、ユーリー・グリゴローヴィチが振付けた愛の物語です。

東方の国を治める女王メフメネ=バヌーは、自分の美貌と引き換えに、重病に苦しむ妹シリンを救うよう、僧侶に懇願します。
僧侶は、メフメネ=バヌーの願いを聞き入れ、シリンを救いますが、メフメネ=バヌーは醜い姿になってしまいます(舞台では、メウフメネ=バヌーは、ヴェールで顔を覆っている)
メフメネ=バヌーは、たくましい宮廷画家のフェルハドに恋をしますが、フェルハドは美しい妹シリンに恋をし、シリンもまたフェルハドを愛するようになります。
姉の思いをしったシリンは、フェルハドと駆け落ちしようとしますが、怒り狂ったメフメネ=バヌーは二人を捕らえ、フェルハドは国境にそびえ立つ『鉄の山』に送ります。鉄の山を開いて、水を引くことができたら、二人の仲を許すというのが条件でした。

しかし、メフメネ=バヌーは、心の底では良心の呵責に苦しんでいました。シリンは姉の赦しを請い、一緒に『鉄の山』に向かいます。
そして、フェルハドとシリンの仲を許しますが、フェルハドは、渇水に苦しむ民の為に、鉄の山に留まることを心に決め、シリンにも永遠の別れを告げるのでした。

こちらが本家ボリショイ・バレエ団の『愛の伝説』。

シリン(アリーナ・ソモヴァ)
メフメネ=バヌー(アナスタシア・マトヴィエンコ)
フェルハド (キミン・キム)

シリンとメフメネ=バヌー、どちらが主役かといえば、シリンだと思いますが、舞台を司るのはメフメネ=バヌーであり、一般的に、シリン=可愛い系、メフメネ=バヌーはお姉様系のダンサーが演じることが多いです。

役柄としては、苦悩、怒り、葛藤を演じ分けるメフメネ=バヌーの方が難しいかもしれません。

『白鳥の湖』や『眠りの森の美女』と違って,ハッピーエンドではないので、かなり重苦しい話です。

アゼルバイジャンの作曲家、アリフ・メリコフの音楽も現代的で、ロマン派の音楽が好きな人にはかなり違和感があるかも。

個人的には、『スパルタクス』の方が、まだカタルシスがありました。

参考 バレエ『スパルタクスの慟哭』 永遠のパートナー、レオン登場 / 自分を恐れる人に、いい芸はできない

人に譲れる恋は本物ではない

SWANでは、バレエ・コンクールの課題として、聖真澄と柳沢葵がシリンとフェルハドのパ・ド・ドゥを踊ります。

しかし、真澄はシリンに感情移入できず、思うような踊りができません。

その頃、真澄は、京極小夜子のパートナーである草壁飛翔に想いを寄せ、叶わぬ恋に苦しんでいました。

どれほど飛翔を愛しても、京極小夜子から奪い取ることはできないからです。

『愛の伝説』に喩えれば、シリンの役どころです。

真澄はシリンのように、小夜子を裏切ってでも、恋を貫くことはできません。

それが踊りにも現れ、シリンのように、抑えきれない恋情を表現することができないのです。

そんな真澄の前に現れたのが、セルジュ・ラブロフスキーです。

真澄の母、真知子と愛しながらも、ダンサーとしての格の違いから、二人の恋が実ることはありませんでした。

小夜子と飛翔の間で苦悩する真澄に、ラブロフスキーは言って聞かせます。

よく考えてごらん。
人の為に自分の意志を殺すことは美徳だろうか。
それはワガママで身勝手なものだと分かっていながら、
自分に正直に振る舞うことは罪悪だろうか。

人は感情で生きている。
誰の心にも欲望はある。

人生は美しいことばかりじゃない。

人と譲り合い、助け合うのもいいだろう。

が、しかし、何を捨てても貫かねばならないことが
人生には必ずあるはずだ。

自分を押し殺せるうちは本物じゃない。

人に譲れる恋なら、本物ではないんだ。

ラブロフスキーの指導によって、真澄はシリンの中に自分を解き放ちます。

それまで、どこか上っ面だけだった真澄の踊りが、シリンのパ・ド・ドゥを境に、大きな成長を遂げます。

シリンとフェルハドのパ・ド・ドゥ

こちらは、マリア・ヴィノグラドワとアルテミー・ベリヤコフのパ・ド・ドゥ。
コスチュームは、これがオリジナルに近いです。
SWANでも、このコスチュームが描かれています。

現代の演出。
スヴェトラーナ・ザハロワとデニス・ロドキンのパ・ド・ドゥ。

想いだけは鳥になって飛んでいく

真澄の母、真知子の恋は、純粋で、強いものでした。
周囲から反対されても、ラブロフスキーへの愛を貫こうとします。

下記の独白は、真知子の新庄を表したものです。
有吉先生のオリジナルですが、とても綺麗な詩です。

たとえ
あなたに関わる人々がすべて
この愛を呪っても
わたしにとっては
我が身であるこの愛を
どうして捨てることができるでしょう

たとえ嫉妬の炎に
心がみにくく
やけただれてしまったとしても
想いだけは 鳥になって
地の果てまでも ついていくでしょう

あなたが望めば
地の果てまでも
ついていくでしょう――

メフメヌ=バヌーの踊り

シリンと同じくらい重要な役どころであるメフメネ=バヌー。
上述の通り、嫉妬、怒り、呵責、許しなど、様々な感情を表現しなければならない為、ダンサーには豊かな感性と技術が求められます。

こちらはボリショイ・バレエのスヴェトラーナ・ザハロワのメフメネ=バヌーのソロ。

ヴィクトリア・テレシキナのメフメネ=バヌーのソロ。

『スパルタクス』もそうですが、ユーリー・グリゴローヴィチの近代の作品は、人間の内面にフォーカスしたソロが多く、『愛の伝説』でも、メフメネ=バヌー、シリン、フェルハドのそれぞれの心象を深く、激しく描きだします。

『白鳥の湖』や『眠りの森の美女』のようなファンタジー系が好きな人には、重苦しく感じるかもしれませんが、クラシックのお姫さまより個性が際立つため、いろいろ見比べると面白いです。

ある意味、ダンサーの力量を推し量るには、人間に近い役柄の方が分かりやすいかもしれませんね。

動画は、スヴェトラーナ・ザハロワのリハーサル風景。
近年は、劇場側から積極的にリハーサルの動画をリリースして、公演PRを行っているので、楽しみも倍増ですね。
YouTube以前は、リハーサルがどんなものか、知る由もなかったですが(^_^;

ユーリー・グリゴローヴィチについて

ボリショイ・バレエの歴史を辿れば、必ず目にするユーリー・グリゴローヴィチとは、どんな人物なのでしょうか。

参考 ぴあ『バレエワンダーランド』(1994年)

ボリショイ・バレエ芸術監督
生年 : 1927年
出身地 : サンクトペテルブルグ(ロシア)

もともとはキーロフ・バレエのメンバーで、踊り手としては、キャラクター・ダンサーであった。一方、振付家としては順調なすべり出しをする。
1957年にキーロフで振付けた『石の花』が認められ、まもなく首都モスクワのボリショイ劇場にスカウトされた。そうして84年以来、今日までボリショイのバレエ部門の長である。

彼の振付の特徴は、第一に、男性が重要視されていること。したがって、彼の創るバレエは勇ましい。『スパルタクス』などは、男性が主役であり、いかにもグリゴローヴィチらしいダイナミックな作品だ。

第二に、すべて踊りで表現しようとすること。それまではエキストラ的だった群衆や、編み無で表現されていたような部分にも、踊りを与えた。また、人物の性格まで、踊りで描き分けようとしている。その成功例が、『ロミオとジュリエット』だといえよう。

第三に、闘いや葛藤、そして勝利が重要なテーマになっていること。彼自身の好みか、観客なのか、それとも政府の望んだことか定かではないが、この第三の特徴は、彼が役30年にもわたり共産主義下のロシア・バレエ界で、玉座に君臨してこられた秘訣の一つに違いない。

ただ、芸術的な理由か、感情的な理由か、政治的な理由か、これまたわからないが、ダンサーの選り好みが激しく、かつてのボリショイのスターで、まだまだ踊れるのに、彼と疎遠になってしまったり、ほとんど対立してしまったりしている人もある。

『愛の伝説』も『スパルタクス』も、ダイナミックで見応えがあるが、見ていてしんどくなるのは、内面重視の演出だからでしょう。
ここまで振付師の思想が前面に現れるのも珍しく、ニーナ・アアニアシヴィリをはじめ、マイヤ・プリセツカヤやエカテリーナ・マクシモワといった超一流ダンサーと対立するのも頷ける話です。

ただ、『白鳥の湖』に関しては、オデット姫が湖に身を投げる悲劇ではなく、ジークフリート王子が悪魔ロットバルトと勇ましく戦い、愛の勝利を高らかに歌い上げる演出になっており、個人的には、グリゴローヴィチ版が一番好きです。近年は原典に立ち返る演出が主流のようで、今一度、勧善懲悪のグリゴローヴィチ版を見直して欲しいところ。
(参考 マイヤ・プリセツカヤの黒鳥とバレエ『白鳥の湖』

初稿 2010年4月30日

バレエ『愛の伝説』 ~人に譲れる恋は本物ではない / 役柄に心を解き放つ

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この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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