生みの母か、育ての母か。親子の絆を描いた TVドラマ『カミヤ・モブリー 私の母は誘拐犯』 

生みの母か、育ての母か 映画『カミヤ・モブリー 私の母は誘拐犯』
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TVドラマ『カミヤ・モブリー』について

作品の概要

カミヤ・モブリー -私の母は誘拐犯- (2020年) -Kidnapping of Kamiyah Mobley

監督 : ジェフリー・W・バード
主演 : ニーシー・ナッシュ、レイヴン・シモーン・ファレル、タロンダ・ジョーンズ

カミヤ・モブリー -私の母は誘拐犯-
カミヤ・モブリー -私の母は誘拐犯-

あらすじ
普通の家庭人であるグロリア・ウィリアムスは、恋人チャールズの子を身ごもるが、流産してしまう。チャールズの虐待を恐れたグロリアは、ある時、遠く離れた病院の産科病棟を訪れ、生後間もない女児を誘拐する。
グロリアは、女児をアレックスと名付け、我が子として育て始める。やがて暴力的なチャールズとは別離し、教会で知り合った魅力的な紳士、オスキーと再婚し、その連れ子と共に幸福に暮らし始める。
アレックスは聡明な少女に成長し、十六歳の誕生日を迎えるが、「レストランでアルバイトがしたい」とグロリアに告げた時、グロリアは反対する。何故なら、アレックスには、社会保険カードも、出生証明書も存在しないからだ。同時に、グロリアは誘拐の真実を告げ、アレックスは衝撃を受けるが、本当のママはグロリアだけだと確信し、家族で秘密を共有して、一年をやり過ごす。
しかし、アレックスの心は揺れ動き、誘拐事件の報道をネットで調べるうちに、実母に電話をかけてしまう。
それがきっかけで、警察も動き出し、母娘の幸せな暮らしに終止符が打たれる――。

生みの母か、育ての母か #1000文字 映画評

TVドラマとは思えないほどの完成度の高さ。
役者はみな素晴らしいし、カミヤ・モブリを演じたレイヴン・シモーン・ファレルも、ティーンエイジとは思えないほどの演技力だ。
誘拐犯の母親グロリアの気持はもちろん、我が子を奪われた実母シャナラの嘆きも分かるし、何とも複雑な気分にさせられる、ファミリードラマである。

これほどシリアスな題材にもかかわらず、全編に明るい雰囲気が漂うのは、主演のニーシー・ナッシュの演技力にもよるが、家族も、知人も、いい人ばかり。複雑な事情を正面から受け止め、皆で必死に少女モブリーを支えようとしているからだろう。

ハリウッドの裁判ものに付きものの、お涙頂戴の演説もなければ、弁護士ー検察間のスリリングな駆け引きもなく、法に則って、淡々と裁きが下されるところもいい。

ポスターがおどろおどろしいので、少女監禁のサイコホラーと勘違いしそうだが、恐怖や絶望とはまったく無縁のドラマである。

正直、判決は非常に厳しいものだし、グロリアが娘に与えた愛の深さを思えば、むしろ裁判官や生みの母が非情に思えるほどだ。(実際、グロリアとカミヤの関係を引き裂こうとする海の母に非難が集中している)

しかし、この一件で、甘い判決を下せば、「子供を誘拐いても、幸せに育てたら、それでOK」という前例ができてしまう。

ただでさえアメリカは、誘拐の多い国だ。社会に示しをるけるためにも、厳罰は不可避であり、これぞ法の精神と思い知らされる。

唯一の救いは、受刑中のグロリアとアレックス(カミヤ)が、ビデオチャットでのコミュニケーションを許されている点。

そして、生みの母の一家も、根気強くモブリーとコミュニケーションを図り、彼女が双方の家族と良好な関係を保てるよう、配慮している点だろう。

本作を見ていると、ソロモンの裁きを思い出した。

二人の女が「この子は私の子だ」と言い争うと、ソロモン王は、斧で二つに裂いて、半分ずつにすればいいと言う。すると、片方の女が、「そんな恐ろしいことは止めて下さい。この子は、あの女に差し上げます」と申し出て、「この女こそ、生みの母である」と裁定する、という逸話である。

日本にも、町奉行・大岡越前守による「大岡裁き」の逸話が存在するが、こちらは、女二人で子の腕を引っ張り合い、奪った方が生みの母とするものだ。しかし、子供が痛がって、泣き出すと、片方の女が手を離し、「この女こそ、生みの母である」と裁定する。

カミヤ・モブリーの場合、娘が十六歳になり、これから生きていく上で、社会保険番号や身分証明書は必須であると悟ったグロリアが、真相を打ち明け、素直に法の裁きに身を委ねるが、この点でも、母としての務めは十分に果たしていると言えないだろうか。

日本でも、子を亡くした女性が、心ならずも赤ん坊を誘拐し、我が子のように育てる事件がいくつか記録されているが、切羽詰まった女性の気持ちは分からないでもない。

それでも誘拐は許されることではないし、本当に子供が欲しいなら、養子を取るなど、いくらでも方法はある。

グロリアに対して、世間の評価は様々だが、モブリーのケースにおいては、彼女の今後の生き様がそれを決めるだろう。

最後、本人のTVインタビューが流れるが、本当に利発な娘さんで、家庭教育の素晴らしさが窺える。

非常に複雑な人生ではあるが、どうか幸せに、と願わずにいられない。

ソロモン王の裁判

生みの母か、育ての母か 映画『カミヤ・モブリー 私の母は誘拐犯』

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Notes of Life

『夢を叶えたい』という人はたくさんいます。 でも、その為に行動する人は少数です。 人生は夢を叶える過程そのもので、夢そのものが人生の目的ではないです。 どんな夢を見ようと、 どんな夢を叶えようと、 人生の最後に残るのは、「自分が何を為したか」という思い出だけです。

この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO 著者

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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自己肯定感を高めたければ、誰かの役に立つのが一番の近道です。 いきなり人の中に入るのが怖ければ、小さな鉢植えでいいので、大事に育ててみましょう。 自分みたいな人間でも必要とされていることが分かれば自尊心も高まり、自信に繋がります。
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