子供の喧嘩 ~やっていいこと、悪いことを学ぶ機会

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子供の喧嘩 ~やっていいこと、悪いことを学ぶ機会

うちの近所には、カスパール君という3歳半の男の子がいます。
この子も気が強い上に口が達者、活発で、腕っ節が強いことから、うちの息子とはよく喧嘩になります。

先日も、言い争いに始まって、叩く、砂をかける、唾を吐きかける……とまあ、どちらも負けず劣らずやり合うこと。
さすがに、カスパール君の方が半年ほど年上だけあって、最後はいつもうちの息子が泣かされ、先方の親が「コラッ!」と叱って終わるんですけど。
子供がタイマン張っている姿というのは、可愛くもあり、頼もしくも感じます。

世の中には、こういう子供の喧嘩に血相を変える親御さんも少なくないですが、よく見ていたら、子供は子供なりに、ちゃんと手加減しているんですね。

一発叩いては、相手の顔色を見、砂をかけては、相手の態度を見ている。

相手に負けるのはイヤだけど、「これ以上やったらダメ」というのは、何となく肌で感じているんですよ。
それに、彼らは(他の子供たちも)、ヨチヨチ歩きしているような、自分より幼い者、弱い者には、決して手を出さないんです。
喧嘩するなら、自分と同等、あるいは年上を相手にやってますね。

「叩くから、即、暴力的」というのではなく、こういうじゃれ合いみたいな喧嘩を繰り返すうちに、「やっていいこと、悪いこと」を理解し、手加減というものを学んでいくんですよね。

「暴力的」というのは、自分より幼い者、弱い者に対しても、見境なく手を出すことを言うのだと思います。

子供なりに相手の反応を見て、力の使い方を学んでいる段階では、大きな目で見ていて大丈夫だと思うのですが、皆さんはいかがお考えですか。

コラム子育て・家育て : あせらず、あわてず、あらそわず  【第7号  子供を守り育てる社会】より 2007年8月25日 

人間関係は傷つきながらも学ぶしかない

喧嘩も含め、人間関係のコツは、実際に人と接して、嫌な思いをして、自分も相手を傷つけて、謝って・・ということを繰り返しながら学ぶしかありません。

皆が皆、社交的になる必要はないけれど、「人付き合いが苦手で一人で居ることを好む」のと、「自分から他人を拒絶して一人で居る」のは似て非なるものだし、子供時代はキャラクターで済んでも、社会に出て、大勢と働くようになれば、「オレ、こんなキャラだから(^^)v」では済まなくなります。

昨今、子供同士の喧嘩は、子供の問題というより、親同士の問題に発展しやすく、なかなか理想通りにはいきませんが、それでも周りの子供との関わりを親の方から断ってしまえば、子供も人間関係について学ぶ機会をなくしますし、子供時代は何とか過ごせても、大人になってから一気にマイナスに傾く恐れがあります。

大勢でなくてもから、一人か二人、定番の遊び仲間を作るだけでも、まったく違うし、大人の人間関係がそうであるように、子供の人間関係にも「楽しいことだけ」は有り得ません。

そこを親が理解して、相手の親子を恨んだり、自分から捻くれて関わりを断つような真似をしなければ、子供は子供でいろいろ学んで、いつか上手くやれるようになると思います。

で、どんな時も、親が子供に理解を示すだけで、心強いのではないでしょうか。

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