『カラマーゾフ随想』タイトル一覧

ドストエフスキー・マラソン 最後まで駆け抜けろ
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当サイトに掲載しているドストエフスキーの文芸コラムは次の通りです。
目次をクリックすると、読みたい項目にジャンプします。
なかなか読み終えることができない方の参考になれば幸いです。

目次 🏃

江川卓「カラマーゾフの兄弟」

現在絶版となっているロシア文学者・江川卓による「カラマーゾフの兄弟」(集英社)を題材とした文芸コラム。巻末に収録されている注釈と併せて紹介しています。

※ まだ道半ばです。

第一部 第Ⅰ編 ある一家の由来

第一部 第Ⅱ編 ある一家の由来

原卓也「カラマーゾフの兄弟」

第一部 第Ⅲ編 好色な人々

原卓也「カラマーゾフの兄弟」

原卓也・訳「カラマーゾフの兄弟」に基づく文芸コラムです。
私は大審問官のあたりで挫折して、江川訳に乗り換えました。
その後、原訳も読了することができました。記念として。

作品解説 & 「罪と罰」に関する考察

ドストエフスキーの伝記や作品解説を題材とした文芸コラムです。

ドストエフスキー・マラソンについて

一生に一度はドストエフスキーを読もう! と心に決めたにもかかわらず、冒頭から既に躓き、長年、つんどく状態になってる方も少なくないと思います。

私も初めてドストエフスキーのページをめくったのは中学生の時でしたが、「イワノヴナ」「フョードロヴィチ」といった舌を噛みそうな名前に戸惑い、アレクセイが途中で「アリョーシャ」とか「リョーチカ」に置き換わる愛称に戸惑い、暗い、長い、訳わからん文章に退屈して、最初の10ページぐらいで投げ出しました。
(その点、中学生でカラマーゾフを読破し、イワンとアリョーシャの「桜んぼのジャム」に感動した江川卓氏は凄いと思います。オツムの出来が違いすぎぃ~)

それから20年近く経ってからでしょうか。

私も文化教養としてキリスト教に親しむようになってから、ふいに「罪と罰」に対する興味が湧き、実家に帰省した折り、当時、既に絶版になっていた新潮文庫の米川正夫・訳に目を通し、その後、何軒もの古本屋を探し回って、ようやく状態の良い古本を上下巻手に入れ、一気に読破した次第(ちなみに実家の「罪と罰」は家族の家宝で、持ち出し禁だった)。

米川氏のクラシックな文体もさることながら、善と悪、罪と罰とがせめぎ合う心理描写が面白く、「これがドストエフスキーであったか!」と初めて価値に気付いた次第です。
(関連 米川正夫・訳で読み解く ドストエフスキー『罪と罰』 の名言と見どころ

その後、結婚・育児に突入した為、久しく読書の楽しみからも遠ざかっていましたが、40半ばで無性に『カラマーゾフの兄弟』が読みたくなり、Kindle版の原卓也・訳を入手したものの、電子書籍という、視野の狭いデバイスの影響もあり、大審問官のあたりで呆気なく挫折。

しかし、このまま引き下がるわけにもいかず、江川卓の解説本「謎解き カラマーゾフの兄弟」を日本からわざわざ取り寄せたところ、そこで引用されている、江川氏自身の訳文の分かりやすさに目を見開き、「これならいける!」と再度、Amazonを検索したところ、なんと、すでに絶版!! しかも中古本には1冊4006円~4480円の値段が付き、これに国際配送料+手数料を合わせれば、総費用約2万円のお買い物! 本2冊に、2万円!! 本当にいいのか?!

清水の舞台から飛び降りるような気持ちで購入したところ、想像のはるか上を行く高品質で(ほぼ未開封の状態)、ようやく「カラマーゾフの兄弟」を読破した次第です。ちなみに現在、中古市場での価格は数万円に達しており、もはや古本自体が存在しない状態になっています。私の買い物は2万円以上の価値がありました。

その時、つくづく思ったのです。海外文学は、翻訳が違えば、理解度も大きく変わると。
連絡船 / 木下和郎氏のPDF「亀山郁夫訳のカラマーゾフの兄弟がいかにひどいか」でも指摘されているように、我々、日本人が海外文学に親しむ上で、専門家による翻訳は欠かせないものです。しかも外国語というのは、プログラム言語のように、完全一致で日本言に置き換えられるものではありません。京都人の「お茶漬けでもどうどす?」が「はよ帰ってくれはらへんやろか」というニュアンスを含んでいるように、外国語にも独特の比喩やダブルミーニング等が存在し、それらを正しく理解するには膨大な知識と経験が不可欠です。また日本語には直訳できない単語やイディオムも多数存在し、それを平易な日本語の文章に訳す過程で、翻訳者の意訳や文学的センスが確実に入り込みます。映画『カサブランカ』の日本語字幕「君の瞳に乾杯」と同じですね。(訳者の戸田奈津子氏が Here’s looking at you, kid.という、日本語にするには非常に難しい台詞を、「君の瞳に乾杯」と訳し、日本ではそれが名台詞として定着した)

日本では、『カラマーゾフの兄弟』は、新潮文庫の原卓夫・訳がスタンダードで、平成以降は亀山氏一択のようになっていますが、だからといって、万人に向いているわけではなく、私のように原卓也訳で挫折した人間もいます。

ドストエフスキーの原典は同じなのに、訳者によって、これほどまでに理解度や読後の印象が違ってしまうのは、海外文学の悲劇ですね。

そう考えると、たまたま手に取った訳文が自分に合わなかった為に、「やっぱドストエフスキーはだるい」となってしまったら、それは大変な損失だし、しいては海外文学全体の低迷にも繋がりかねません。いくら専門家が見識を深めたところで、読者に理解がなければ意味がないからです。

私は江川訳のカラマーゾフの兄弟を読んで、心の底から感動したし、訳者が違えば、こうも受け止めかたが変わるものかと嘆息せずにいられませんでした。

出版社にすれば、原訳と亀山訳がいつでも手軽に買えるんだからいいじゃないか、どうせ物語は同じなんだから、というスタンスかもしれませんが、どちらにも行き詰まった読者が江川訳を購入できないのは悲劇でしかないし、しいては文学全体の損失と思うんですね。

当方は露文学の専門家ではないですが、江川訳とドストエフスキーの作品の価値は理解しています。

なにせ元の作品が長大なので、少しずつしか進みませんが、記事内で紹介している江川訳、および注釈が読解の手助けになれば幸いです。

マラソンのように、ゆっくり、一緒に、楽しみましょう。

誰かにこっそり教えたい 👂
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