天知る 地が知る 我が知る 人が知る ~ 考えも振る舞いも自ずと知れる

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『四知』という言葉をご存じでしょうか。

一般には
天が知る 地が知る 我が知る 人が知る
で知られています。

一つ、喩え話をしますと……

私の友人が長年勤めた職場を退職してから、後任の技術不足が大変な問題になっていました。
以前から、「指示待ち症候群」の若い子が増えているという話は聞いていましたが、その子も例に漏れず、言われたことしかやらないし、言われなければ分からない、典型的な指示待ちタイプでした。
友人が信頼のおける存在だっただけに、他のスタッフはほとほと手を焼いているそうです。

まあ、それは仕方がないにしても、びっくりしたのがその子に対するいじめ。
前からお局様が幅を利かせている職場だったのですが、先日、その中の一人が、その子を呼びつけて言ったことには、
「あんたはエリートコースをのうのうと歩いてきたつもりやろうけど、あんたの人格を否定するところから私が鍛え直してあげるわ」

この人、四十にもなって、まだこんな愚かな事を言っているのかと思うと、腰が抜けそうになりました。

前から、人前では被害者を装い、ターゲットと二人きりになると嫌がらせを始める癖のある女性で、たとえば、恋に悩む女の子がいたら、更衣室で二人きりになるのを見計らって自分の彼氏に電話をかけさせ、その子の後ろでわざとラブラブトークが聞こえるように始める……といった具合です。
そのくせ人前では、「A子は彼氏がいるのをひけらかす」と落ち込みをアピール。
何も知らない人は、「**ちゃん、かわいそー。A子って、すごい無神経だよね」と一緒になって悪口を言うわけです。
でも、陰でそんな嫌がらせばかり繰り返すので、当然、その人自身も愛されません。

今度の件も、本人は相手と二人きりで、誰も見ていない、聞いていないつもりでも、その子の口から同僚、同僚から友人、友人から私へと、遠く海外に暮らす私の耳まで聞こえてくるのです。
誰も見ていないつもりでも、「天が知る 地が知る 我が知る 人が知る」なんですね。

それとは逆に、こんなシンデレラ・ストーリーもあります。

前に勤めていた病院に、Mさんという三十代半ばの看護婦さんがいました。
内気で、おとなしくて、いつものんびりマイペース。
決して悪い人ではないのですが、他の看護婦さんとはちょっと思考回路が違って、職場のお荷物的存在でした。

たとえば、外来で患者が急変して、皆がベッドサイドに集中している時、Mさんは詰め所に残って、せっせと入院カルテの準備。
「今、そんな事をしている場合じゃないでしょっ」
と主任が声を荒げても、
「だって、入院カルテも必要だと思って・・・」
確かに理屈はその通りですが、入院カルテなど、患者の容体が落ち着いて、病棟への搬送が一段落してからでも十分間に合うこと。
まずは救急対応が第一なのですが、Mさんは、違う方向に気働きしてしまうんですね。

万事、こんな調子でしたから、同僚はもちろん、後輩からもバカにされ、いつもスタッフの輪から離れて、黙々と自分の仕事をこなす感じでした。
普通なら、婦長に退職勧告され、職場のミーティングでも名指しで批判され、後輩の笑いものになった時点で退職を考えそうなものですが、Mさんの偉いところは、そこまで追い込まれても、誰の悪口も言わず、ひたすら真面目に勤務を続けた点でした。
そうして、周りにこづかれ、馬鹿にされながら、勤め上げること十数年。
四十歳の誕生日を前にして、突然、Mさんの結婚が決まったのです。

お相手は、何年も前に奥様を亡くされた五十半ばの男性で、地元でも有名な資産家でした。
二人の子供は既に独立して、母親を恋う年頃ではないし、義父母も亡くなって、介護や気遣いの必要もなし。
話によると、大変包容力のある男性で、素朴で純粋なMさんを娘のように可愛がり、それはそれは大事にしておられるとのこと。
厳しい職場で耐えに耐えたMさんは、今では、大きなお屋敷に住み、それこそお姫様みたいに、のんびり暮らしておられるそうです。

私はこの話を聞いた時、改めて「四知」を思わずにいられませんでした
それまでMさんの事をバカにしていた人達も、
「あの人は、誰の悪口も言わず、真面目に働き続けた」
と、神妙な面持ちで彼女の寿退社を見送ったそうです。
誰に評価されなくても、「天が知る 地が知る 我が知る 人が知る」なんですね。

『四知』の意味するところは、二通りあると思います。

一つは、陰で悪事を働いて、世間を欺いたつもりでも、全ては天と地と人の知るところである、ということ。

もう一つは、誰に評価されなくても、己の矜持を失わず、努力し続ける尊さです。

何をやっても上手く行かない人、誰にも愛されないと嘆いている人の特徴は、「人の見ていないところで思い切り手抜きする」ということです。(参照→愛とは小さなことの積み重ね ~相手の心に想像力を働かせる
「手抜き」というのは、ズボラの意味ではなく、「誰にも見つからなければ、何をやってもいい」という狡さです。
表面を取り繕うことにしか関心がなく、他人の胸の内や立場には想像力が働きません。

たとえば、頭の上から足の先まで完璧にお洒落していても、デパートのトイレでは洗面台に髪の毛が落ちても平気とか、プレゼンテーションみたいにスポットライトを浴びる仕事は引き受けるけど、ロッカーの整理整頓はやらない、といった具合です。

また、一人暮らしでも、掃除や食事など生活管理が行き届いている人は自尊心が高く、仕事も対人関係もそつなくこなすけど、だらしなく暮らしている人は、どんなに派手に着飾っても、だらしない雰囲気が漂っているものです。

まさに「天が知る 地が知る 我が知る 人が知る」で、人間のことは、いちいち口に出さなくても、周りに分かってしまうんですね。

かといって、二十四時間、コチコチに生きるのも大変ですから、自分なりに「これ」という矜持を持ち、それだけは最低限、守り抜く気持ちで頑張ればいいのではないかと思います。

「誰が見ているから」「これをすれば評価されるから」ではなく、「人間として、どうありたいか」という気持ちで行動することが一番大事。

声高々に、「私は出来るのよ、良い人なのよ」と叫ばなくても、自然にそれにふさわしい物腰が身に付くのではないでしょうか。

誰が見ていなくても、誰に評価されなくても、天にも、地にも、自分にも恥ずかしくない生き方をしたいものですね。

メルマガ『恋の話 女の話』 2004年7月25日

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TEXT (c) Marie Atsuki
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