頑張らない育児 ~なぜ『頑張って』しまうのか

今の我が子に不満でも?

先日、あるブログを読んでいて、つくづく感じたこと。

それは、なぜそんなに育児を「頑張って」しまうのか、という事だ。

悩みの内容はしごく真っ当。

子思いの母、育児に熱心な母であることが、ありありと分かる。

でも、「いい子に育てたい」「きちんと子育てせねば」というその気持ちが、子供にとっては重荷なんじゃないの? ……と思ってしまった。

私なんか、読んでいるだけで、疲れちゃったよ。

考えておられることは大変立派だし、子供思いなのも分かる。

でも、これがもし自分の親なら、「そんなにジクジク考えないでよ。今の私になにか不満でもあるわけ?」と思うだろう。

そもそも「いい子」って何だろう。

グズらない、ダダこねない、人に迷惑かけない、etc。

何でも一人でできて、物分かりのいい、お行儀のいい、明るい、健康的な子供を言うのだろう。

でも、それが全てだろうか。

そうじゃない子は、「ダメな子」なのか。

自分の子供が「ダメ」の部類に属したら、親であるあなたも「ダメ」だと思ってしまうのか。

別に、「いい子」に育たなくてもいいじゃないですか。

それなりに、挨拶もできて、ご飯も食べて、他の子と一緒にお遊戯も出来て、10分ぐらいなら、おとなしく電車の中で座っておける子供なら、及第点じゃないんですか?

それ以上に、何か要求すべきことがあるんでしょうか。

「こうでなければならない」という決まりでもあるんでしょうか。

よそのお子さんが、そんなに羨ましいですか。

「いい子に育てたい」という気持ちは、裏を返せば、「いい子になれ」と要求しているのも同じ事。

そのプレッシャーを感じるから、子供だってしんどくなるのでは?

「アホでも、いい子。可愛い子」と思ってもらえる子は、それだけで幸せ。

癇癪もちでも、成績悪くても、引っ込み思案のいじめられっこでも、ありのままを受け入れていく以外に親子が生き延びる道はないと思うんだけどな。

「いい子」幻想みたいなものを手放さないと、窒息しちゃうよ、お互いに。

子供を改造する親、育てる親

補足です。

育児を頑張りすぎる人は、我が子を自分の思い通りに改造しようと、躍起になっているのかもしれません。

内気な子は、もっと明るく。

怠け者の子は、もっと勤勉に。

気弱な子は、もっと自己主張できるよう。

でも、それは子育てではなく、改造ですよね?

『育てる』というのは、内気でも生きやすいように、怠け者でも今すぐ必要なことは自分で出来るように、その性質に合わせて、ベストの方法を選択することだと思います。

カエルにどれほど「高く飛べ」と教えても、ツバメのように空を舞い飛ぶことはできないように、カエルにはカエルの性質に合ったジャンプの仕方があり、生きる目的があります。

元々の性質や能力に応じて、カエルらしいジャンプ力を伸ばすことが子育てであり、カエルをツバメのように鍛えるのは、単なる改造であって、親のエゴというものです。

そういう人は、子供の性質や能力ではなく、自分の都合しか見てないのかもしれません。

しかし、ツバメになれとプレッシャーかけられたカエルはどうなるのでしょう。

カエルとして、どれほど素晴らしいジャンプ力を持っていても、ツバメになれなかった自分を終生責めるのではないでしょうか。

頑張っても、頑張っても、報われない。

子供が自分の思う通りにならないと嘆く前に、自分の都合よく改造しようとしているのではないか、と自問してはいかがでしょう。

カエルはどれほどジャンプの練習をしても、ツバメにはなれません。

あなたはそういう事を子供に要求しているのかもしれませんよ?

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