エミール・ギレリスのお葬式とG線上のアリア

エミール・ギレリス

エミール・ギレリスが亡くなった時、オーケストラの演奏する「G線上のアリア」に柩が送られてゆくシーンがテレビで放映された。 それまで葬式といえば、黒く、しめっぽいものというイメージしかなかっただけに、この場面はとても印象的だった。

演奏には、一人の偉大なピアニストの死を悼むと同時に、彼に素晴らしい音楽を与えてもらったことへの感謝の気持ちがあふれ、彼の演奏をよく聴いたことのない私まで、「さよなら、そして、ありがとう」と淋しい思いがしたものだ。

だがその一方で、私は憧れにも似た感懐を抱いた。なんて幸せなお葬式なんだろう、と。死ねばそれで終わり、ものを見ることも、聞くこともできないにせよ、自分の好きな音楽で柩を送ってもらえるなんて、こんな素敵な事はないような気がしたのだ。

それ以来、私は自分の葬式や命日に、どんな音楽をかけてもらうか考えるのが、ちょっとした楽しみになっている。読経も有難いけど、私には好きな音楽の方がよほど慰めだ。いくら花咲くあの世とやらに行けたとしても、音楽がなかったら、三日で飽きると思うから。 中学生の時は、もっぱらラフマニノフやグリーグのP協にこだわっていたけれど、高校でジャズに転んでからは、「タクシー・ドライバーのテーマ」にしてくれと思った。だけど二十歳過ぎに「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴いてからは、ずっとこれに決めている。通夜の客が引けて、静かになった時にかけてくれたら嬉しいなあと。

臨終の時には「愛の死」。これしかない。痛い、苦しいで、あんな恍惚とは死ねないだろうけど、一番好きな曲だから、絶対側で聴かせて欲しい。誰でも死ぬ時は一人だけれど、音楽だけは道連れになってくれるから。

こんな事を親姉妹に真顔で話すと、「まだ早い」とか「縁起でもない」とか怒られるけど、自分が死ぬなんて、こんなつまらない事はないのだから、何か一つ楽しみを作っておくべきだと思うのだ。そして、神様が命の糸をぷつんと切っても、怒ったり、嘆いたりせず、「好きなように生きさせてもらいました、いつでも土にかえります」と言える生き方をするの。

ギレリスのベートーヴェンを聴くと、今もあの葬儀を思い出す。

貴方も命の限り、自分の使命と情熱に生きられたのでしょうね。

初稿 1998年7月3日

こちらは【亡き王女の為のパヴァーヌ】。

エミール・ギレリスのピアノ演奏。

こちらはオーケストラ・バージョン。
フランス音楽の名手、シャルル・デュトワ指揮、モントリオール管弦楽団の演奏。

Notes of Life

正しい意見は人を安心させるが、魂までは救いません。 正しいことしか言えない人は、実は何も分かってないのでしょう。 私たちは人間の負の面を知り、寄り添うことによって、初めて人間として完成します。 光がこの世の全てではないのです。

この記事を書いた人

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作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧に移住。石田朋子。
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