大学には行った方がいいの?

大学には行った方がいいの?
目次 🏃

大学には行った方がいいの?

最近、高額な奨学金返還が問題になっています。

「とりあえず大学に行った方がいい」という考えで奨学金を借りたものの、返済が重くのしかかり、日々の暮らしはもちろん、将来の見通しも立たず、経済的にも精神的にも追い詰められるという話です。

安易に大学進学を勧める周りの責任も大きいでしょう。

しかし、名目がなんであれ、負債を抱えた状態で人生本番のスタートを切るのは非常に辛いものです。簡単に奨学金を借りる人は、数百万ぐらい……と安易に考えるのかもしれませんが、庶民には月二万円の社会保険料でさえ重くのしかかる時代です。それにプラスアルファすれば、奨学金返済がどれほどハードか想像がつくでしょう。

これは余談ですが、私が学生時代に読んだ金融コラムで、「借金苦で自殺する人の大半は五百万ぐらいの金額で苦しんでいる。返せそうで返せない、それが庶民にとって一番苦しいのだ。逆に、一億、二億の借金を抱えた奴は、どうせ返せないからと、案外ヘラヘラしている」とありました。どこまで本当か分かりませんが、『返せそうで返せないのが一番庶民を苦しめる』というのは、その通りだと思います。住宅ローンしかり、車のローンしかり。

そして、奨学金の泣き所は、「就職すれば、返済できそうな気がする」と期待する点でしょう。周りの大人も、なぜ返済できると楽観できるのか、私も不思議でなりませんが、この現代社会で、

人ひとりが都会で生活するとして、家賃、光熱費、食費、交通費などを差し引けば、余裕で暮らせる人など一握りですよ。将来の蓄えや、ちょっとした娯楽費(映画や外食など)も計算に入れれば、月に何万も自由になるお金など湧いてこないのが普通です。そんな状況で、一万、二万の返済金がプラスされたら、どれほど苦しいか。同じ一万円を犠牲にするにも、将来の備えとして貯金に回すのと、借金返済にあてるのでは、天と地ほどの差がありますよ。

こういう現実は、本来、中学・高校時代に、周りの大人がしっかり教えるべきだと思います。

私はたまたま自営業者の家に生まれて、幼い時から大人が働く現実を間近で見て育ったこと、高校時代には自活も視野に入れて情報収集していましたから(賃貸情報や求人広告を眺めて、給与や生活費の相場をだいたい把握していた)、何百万の奨学金を借りることに不安を感じて、就職を選びましたが、普通のサラリーマン家庭に生まれて、親も自身の恥になるからと、家計の厳しさも、社会の現実も、何も教えないような環境に育っていたら、ご飯も電気もタダで手に入るように勘違いするかもしれません。また、社会の仕組みを知らないと、就職すれば一生の保障を手に入れたような気分になるかもしれません。勘違いするかもしれません。年収三百万だろうが、一千万だろうが、雇われる限り、その身分は生涯不安定だという現実を知らずに、です。

その上で、大学に行くべき理由は二つあります。

一つは、何が何でも、それについて学びたいという強い意思があること。史学、語学、哲学、考古学、美術、等々。

もう一つは、目的の仕事に従事する為に履修が必要、もしくは、それを学ぶには専門的な設備が必要な場合です。医学、薬学、法学、航空学、海洋学、宇宙工学、等々。

自分はこれを学ぶために生まれてきたんだ、みたいな強い気持ちがあれば、数百万の借金も苦にはならないでしょう。というより、それほどの意思があれば、それなりの運も開けて、収入も後から付いてきます。それこそ自己投資と呼ぶにふさわしいお金の使い方です。

そこまで強い動機がなくても、一生名刺代わりに使えるような大学に行くのも一考でしょう。投資に見合ったリターンが高確率で得られるなら、戦略的に進学するのも有りだと思います。

いずれにせよ、就職=人生の保障ではありません。最初の数年はいい感じで稼げても、結婚・出産で退職を余儀なくされるかもしれない、職場で揉めてノイローゼになるかもしれない、親が突然倒れて要介護になるかもしれない、人生は予期せぬ出来事の連続です。いい会社に就職できた、やれやれと安堵できるのは、せいぜい二十代まで、三十過ぎれば異動、競争、周囲との軋轢など問題も顕在化するし、四十代になって、子育てや老親の世話も負うようになれば、心身のみならず経済的にも圧迫されるようになります。「大学に進学さえすれば」というのは他より選択の幅が広がるだけで、先々の保障までしてくれないんですね。

まして動機も目的もなく進学するぐらいなら、就職して、将来の活動資金を貯めた方がよほど利口です。私も十八歳で就職して、最初の一年で百万貯めました。手取り約十一万、賞与三ヶ月、寮費が光熱費込みの月額八百円の条件下です。結局、使わないまま、今も記念に持っていますが、この百万がずっと御守りになっています。何かあっても、これを切り崩せば、数ヶ月は生き延びられますから。そんな風に、百万を元手に人生の航海に乗り出すのと、数百万の借金を抱えた状態でスタートをきるのでは全然違うでしょう。

ただ、その決断を有効にするには、あなた自身もよく学んで、スキルを磨かないといけないし、もしかしたら、大学に進学した人より何倍も苦労するかもしれません。それでも数百万の借金を抱えて、経済的にも精神的にも追い詰められるよりマシだろう、という話です。

こんな話、中学生や高校生には厳しいと思われるかもしれませんが、経済中進国や後進国の若者たちは、こうした現実を嫌というほど思い知らされて、貧乏脱出の為にあらゆる手を尽くしています。必死で語学や専門分野を学んで、先進国に就職する人もあれば、自分から企業にアプローチして、リモートワークで受注している人もいます。今や世界レベルの椅子取りゲームで、条件の良い雇用も、人件費の安い方、スキルのある方へ、どんどん流れています。日本の若者の真のライバルは、語学やITに精通し、外国での営業活動も遠足みたいな乗りで請け負って、自力で契約をとってくる、ギンギンに野心的な連中なのですよ。勉強もしない、スキルもない、じっと待っているだけの若者にチャンスなど巡ってきません。

その現実を考えれば、「とりあえず大学に行って、やりたい事を考える」などと悠長な事を言ってる場合ではないです。親が資産家で、黙っていても何千万だかの遺産が転がり込むような家庭ならともかく、何かあったら親子共倒れするような庶民の子供が、余裕のある家庭の子と同じように考えてはいけません。まして借金など、今にも倒れそうな驢馬の背中にコンクリートブロックをのっけて、砂漠を歩かせるようなものですよ。

それは確かに社会の不公平に違いないですが、嘆いても、どうにもなりません。持って生まれたカードが『2』や『3』なら、せめてマイナスにしないよう心がけ、一点でも多く積み上げる方策を考えないと。他人は同情しても、学費や生活費の面倒までは見てくれないのです。

勉強に関しては、大学に行かなければ学べない分野もありますが、行かなくても学べることはたくさんあります。正社員として就職して、いくらかでも安定した収入があれば、かえって腰を据えて学べる部分もあります。なぜって、もはや就職で迷う必要がないからです。同じ二十歳でも、ある程度、人生の基盤が固まっているのと、就職活動やモラトリアムで時間やお金を消費するのでは、気の持ち方も異なりますしね。その上で、僅かでもお金を貯めて、いろんな事にチャレンジするうちに、素晴らしい運が巡ってくることもあるでしょう。二十代、三十代で、社会的や経済的に明らかな差が生じても、五十代、六十代にもなれば、人間関係や家庭環境など、それ以外の要素で幸不幸が左右されるのが人生です。素晴らしい伴侶や生涯の友、社会の尊敬や生き甲斐などは、大学進学で手に入るものではないんですね。

多くの人は高卒で働く=人生ヲワタみたいなイメージを抱いていますが、第二の人生をプラス収支で始めるのは案外心強いです。同じ二十二歳でも、四年の実務経験+貯蓄があるのと、何も無いのでは、その後の馬力が全く違いますから。以降、生涯賃金や幸福感で差が生じるか否かは、あなたの運と行動次第です。

こちらも参考にどうぞ → 企業の奨学金 ~学生さんに確かめて欲しいこと

目次 🏃