肉体の声に耳を傾け、自分に素直に生きる D・H・ロレンスの名作 『チャタレイ夫人の恋人』

肉体の声に耳を傾け、自分に素直に生きる  D・H・ロレンスの名作 『チャタレイ夫人の恋人』
記事について

上流階級のコニーは半身不随となった夫に振り回され、疲れ切っていたが、森番メリーズと知り合って、生きる歓びを取り戻す。猥褻か、芸術かで裁判沙汰になったD・H・ロレンスの性愛小説。過激な性描写と思われがちだが、本質は、肉体を通じた男女の愛と、ありのままに生きる大切さを謳った人生賛歌である。
小説の抜粋とショーン・ビーン主演のTVドラマを動画で紹介。

目次 🏃

小説『チャタレイ夫人の恋人』 あらすじと名文紹介

チャタレイ夫人の恋人(1928年) - Lady Chatterley's Lover

原作 : D・H・ローレンス

あらすじ

コニーは裕福な貴族クリフォード・チャタレイと結婚しますが、夫クリフォードはわずか結婚半年にして戦場で負傷し、下半身不随になってしまいます。
まだ二十三歳の若く美しい妻コニーは、生きている実感が得られぬまま、息の詰まるような日々を送っていましたが、森番のメラーズと出会ってから、女として本当の悦びを知るようになります。
人目を盗んで逢瀬を重ねるうちに、深く愛し合うようになったコニーとメラーズは、階級を超え、しがらみを超え、自由の天地へ旅立っていくのでした。

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)
完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

名文

「それであなたは後悔していらっしゃいますのね?」と彼女が言った。
「ある意味では!」と答えて彼は空を見上げていた。
「もう僕はそういうことは済んでしまったのだと思っていました。
ところがまたこうして始めてしまったのです」
「何を始めたとおっしゃるのです?」
「人生です」
「人生!」と彼女はその言葉にふしぎな戦慄を感じて、おうむ返しに言った。

森番のメラーズに何かしら魅かれたコニーは、森の中にある彼の小屋に頻繁に出掛けるようになります。
そしてある日、孵ったばかりの鶏の雛を手の中に抱くうちに、思わず涙をこぼしてしまったコニーを、彼は静かに小屋に導きいれ、最初の関係をもったのでした。
ぼんやりと、夢でも見るように交わった二人ですが、彼がコニーに「後悔していませんか?」と訊ねると、コニーは「いいえ、いいえ」ときっぱりと返します。
上のやり取りには、“肉体の解放を通じて、魂の幸福を得る”というD・H・ロレンスの思想がよく表れていると思います。
コニーは夫の不随から、メラーズは妻との離婚から、異性と交わることなく、虚ろな日々を過ごしてきました。互いに、“もう誰かと心と身体を通わす事はない”と、半ば諦めにも似た感情にとらわれていただけに、小屋での出来事は二人の胸に思いがけない感動を呼び覚ますのです。
その感動を、「LIFE=生命、人生」という言葉で表わしたロレンスのセンスが大好きです。

男というものはだれでも、ほんとうのことがわかってみると、赤ん坊なんですわ。…〈中略〉…
何か痛いところでもできて世話をしてやってみれば、みな赤ん坊ですの。
ええ、男というものはみな同じようなものですわ

コニーがクリフォードとの生活を通して知った事。
彼女の言葉は実に的を得ています。
男は認めたがらないけど、男ってのはホントに死ぬまで子供子供しています。
いつでも女が母親みたいにヨシヨシしてやらないと、ダメになりやすい生き物みたいです。

自分の肉体のことに気がついた瞬間から、不幸というものが始まるのよ。
だから文明というものが何かの役にたつならば、私たちが肉体を忘却することを手伝ってくれるものでなければなりませんわ。
そうすれば、私たちは自分の肉体に気がつかずに幸福に暮らせますもの

サロンで交わされるセリフの一つです。
「肉体」という言葉には様々な意味が含まれています。
欲望、本能、生命、等々、人間は“精神”だけでは生きられない。その“肉体”に忠実になって初めて、本当の幸福が得られる――と解釈されるかな?
この小説が何十年と発禁にされたり、裁判にかけられたりした社会的背景からも解るように、これが書かれた時代というのは、精神的にも社会的にも規制が厳しく、(キリスト教の思想が大きく影響している)、人が自分(欲望)に正直に生きられない時代でした。
その中で、堂々と肉体=欲望に忠実に生きること、性愛の悦びを描いたロレンスは、ホントにすごいと思います。

【受胎】エドヴァルド・ムンク

【受胎】エドヴァルド・ムンク

彼女はもはや、自分で身体を動かして自分の結末をむかえることはできなかった。 これは今までとは違っていた。
彼が彼女の中から滑り出て、離れてしまうという恐ろしい瞬間が来るのを感じて、待ちながら呻いていることができるだけであった。
その間じゅう彼女の子宮は開いて柔らかくなり、潮に揺られるイソギンチャクのように、柔らかく訴え求めていた。
もう一度入ってきて彼女の中を満たしてくれと訴え求めていた。

よく「経験しなければ書けない」という人がいる。
だが、それは大きな間違いだ。
書ける人は経験しようが、しよまいが書けるものだし、書けない人は何をやっても書けないものである。
その証がこれ。
書いたのは、男だよ、男!
女でも、こんなに鮮やかに“その瞬間”は書けないよ。
想像豊かは、創造も豊か。
いったいどうっやってこの一節を書いたのか、聞いてみたい。

ちなみに、「イソギンチャク」というのは、D・H・ロレンスの実感だろう。

クリムト ダナエ

【ダナエ】-DANAE - グスタフ・クリムト Gustav Klimt

「僕たちは、さっきは一緒にすませたね」と彼が言った。
彼女は答えなかった。
「あんなふうになれるといいものだ。たいていの人々は一生涯生きてもあれがわからずにいるんだ」
と彼はどこか夢見るように言った。

「すませたね」というのはエクスタシーのことです。

「いちど男を自分の血の中に入れてしまうと、恐ろしいことになります!」
「はい、奥様! そのために辛い思いをするのでございますわ……」
「そんなに長く御主人の感じを覚えていらしたの?」
「まあ、奥様。続くものってほかに何がございましょう? ……ほんとに男というものの暖かさを理解できない女のかたをみますと、たとえどんなに着飾って歩き回っていましても、ただ気の毒なミミズク人形のようにしか見えません……」

彼女もまたずっと昔に夫を亡くした身でした。
そんな年配の未亡人とコニーが交わす言葉がこれ。
女ならではの辛さや淋しさがよく伝わってくる一場面です。

ついに突然、全身の細胞の急所に何かが触れ、彼女は静かだが激しい痙攣をおこしはじめた。
彼女は自分に何かが触れたことを知った。至上の悦びが彼女を襲い、彼女は終わった。

彼女は終わった。消え失せた。
そして生まれた。女として。

そして今、心の中に、彼に対するふしぎな賛嘆の念がめざめた。
一人の男!彼女に与えられた男性のふしぎな力!

いかに彼が美しく感じれらたことか!
どんなに愛すべく、どんなに愛すべく、強く、しかもなお純粋で繊細に感じられたことか!

そして彼の両脚の間にある二つの玉のふしぎな重み!
人間の手の中に柔らかく重たくのっているもののふしぎな神秘の重み!
それはすべての良きものの根だ。すべての全く美しいものの根本だ。

「そして生まれた。女として」という表現が秀逸。
多分、このくだりも伏せ字攻撃にあったのだろう。
すごく綺麗な描写なんですけどねえ。

「俺はお前が好きだ。俺はお前の中に入って行けるんだ」
と彼は言った。
「お前の中へ入って行くとなにもかも忘れてしまう。
おれのためにからだを開いてくれるお前が好きなんだ。
あんな風にお前の中に入って行けるのが嬉しいんだ」

クリムト

【死と生】グスタフ・クリムト

「俺は暖かい心というものを信じる。
特に恋愛の暖かい心、暖かい心でする交わりを信じる。
男が暖かい心でやるようになり、女がそれを暖かい心で受け入れるならば、
あらゆることがよくなると信じるね。
冷たい心で女とやるのはまさに死と愚行にすぎない」

<中略>

「一片の暖かい心というものがすべてを解決するんだ」

肉体と心は一つ。
肉体の温もりは、心の温もりでもあります。
また社会における男女の役割も異なり、何をどう平等にしようと、優しさが伴わなければ業務に過ぎません。
男女の関わりは、もっと神聖なものです。
与え、与えられる中でしか、双方の幸福はありません。

「一度ある人間を好きになった経験のある人なら、
もし他の人がぜひとも自分を必要とすれば、 ほとんど誰にでも親切になれますわ。
が、それは同じものじゃありません。それは本当の愛情ではないのです。
本当に誰かを愛した後、もう一度別の男を本心から愛せるとは私は思いませんわ」
「人間はたった一度だけしか愛せないものなの?」
とコニーは訊いた。
「でなかったら、決して愛することなんかできないのですわ。
たいていの女は決して愛しませんし、愛そうともしません。
それがどういう意味か知らないのです。男もそうですわ。

ここでは「愛」にまつわる言葉ばかりをセレクトしましたが、 この作品は、階級制度や工業化、精神と肉体の分離と合一など、奥深い、様々なテーマを扱っています。
鮮烈な性描写ゆえに、その全体像は何十年と伏せられ、歪められてきましたが、時代の流れにより、黒丸ボカシ文字が取っ払われた事は、作者にとっても、読者にとってもホントに喜ばしいことです。

ロレンス氏の類稀なる才能と感性と、禁忌をものともしない創作魂に敬服します。

初稿:1999年秋

映画『チャタレイ夫人の恋人』 見どころ

『チャタレイ夫人の恋人』は、何度も映画やTVドラマ化されて、それぞれに見どころがありますが、私が一番感動したのは、ショーン・ビーン主演(『ロード・オブ・ザ・リング』でボロミアを好演)、ケン・ラッセル監督の1993年テレビシリーズ版です。

日本ではTVドラマのハイライトを編集して、映画にまとめていますが、たまに動画配信サービスで公開されることもあるので、見かけた時はブクマ登録してください。

チャタレイ夫人の恋人 ノーカット ヘア解禁全長版
チャタレイ夫人の恋人 ノーカット ヘア解禁全長版

こちらが1993年度版、ショーン・ビーンの動画です。

車椅子の夫・クリフォードの屈折した態度に厭気が指したコニーは、たまたま森で見かけた森番メラーズの肉体美に惹きつけられます。
森小屋の側で、上半身を拭くメラーズの逞しい背中に憧れるコニーの表情や、クリフォードの車椅子をメラーズと一緒に押すうちに、身体が触れ合い、心も高まる場面が素敵です。

他のバージョンのメラーズが、やたら濃いのと対称的に、ショーン・ビーンのメラーズは、本当に色気があって、男らしくて、コニーが惹かれるのも納得という感じ。

森の中で再会するコニーとメラーズ。
互いに惹かれ合いながらも、コニーは既婚であること、メラーズは最初の結婚に失敗した心の痛手から、互いに恋心を押しとどめようとします。

チャタレイ夫人に関しては、やたらセクシーを強調する作品が多いですが、本作のコニーは上品で愛らしく、飾り気の無い、素直な女性の内面を上手に表現しています。

1993年版のラブシーンの一つがYouTubeに公開されています。過激というほどのものでもありません。単なるキスシーンです。
ショーン・ビーンがとてもセクシーなので、ファンは必見。
https://youtu.be/WxQRYmsdyhE

漫画『チャタレイ夫人の恋人』(川崎美枝子)

川崎美枝子の漫画も良かったです。
Kindle Unlimited読み放題の対象なので、興味のある方はぜひ。

レディコミで実績のある川崎先生ですが、本作のコニーも決して下品ではなく、素直で、従順で、女としての幸福を求めるコニーを魅力的に描いています。

チャタレイ夫人の恋人 Kindle版
チャタレイ夫人の恋人 Kindle版

誰かにこっそり教えたい 👂

Notes of Life

自己肯定感を高めたければ、誰かの役に立つのが一番の近道です。 いきなり人の中に入るのが怖ければ、小さな鉢植えでいいので、大事に育ててみましょう。 自分みたいな人間でも必要とされていることが分かれば自尊心も高まり、自信に繋がります。

この記事を書いた人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚のSF小説を手がけています。看護師として医療機関に勤務後、東欧在住。石田朋子。amazonの著者ページ https://amzn.to/3btlNeX

Notes of Life

最初から日の当たる場所で歩き始める人はいない。 皆に理解されながら物事を始める人も。 始める時は、いつも一人。 考えるのも、一人。 行うのも、一人。 だからこそ達成の悦びもひとしおなのです。
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