親子問題を解決するには 物理的・精神的距離をおく

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親から独立し、物理的・精神的距離を置くことは、関係改善に効果的です。どんなに小さくても社会の中で役割を果たし、役に立つことを実感すれば、誇りと自信に繋がります。選択肢は少ないですが、絶対に不可能でもないので、住み込み可能な仕事を探してみるのも一考です。

一つ屋根の下で毎日顔を合わせていれば、嫌なことも続くし、その度に気持ちを揺さぶられるものです。即効で心の負担を軽減するなら、物理的・精神的に距離をおく以外にありません。つまり、家を出て、自活することです。

河合氏も第十一章『家族のうち・そと』の『他人の飯』という節で次のように述べています。

*
自分の家、家族の在り方をよく知るためには、家の外からそれを眺めてみることが必要である。

これは外国に行ってはじめて、日本のことがよく解るようなものである。

誰しも幼い頃に親類に遊びにゆき、そこでの体験によって、自分の家では当然と思われていることが、実は他の家ではそうではないことを知って驚いた思い出をもっていることであろう。

<中略> 

昔から、人間が成長して大人になるためには、「他人の飯を食べる」経験が必要であると考えられていたのは、家族の保護から離れた生き方を味わうことの意味が認められていたからであろう。

これは多くの場合、「奉公に出る」形をとるものであったが、他人の飯を食べ、他人の厳しいしつけに耐えてこそ一人前になれるという発想である。

現在でも、大学に入学して下宿生活をして帰省してくる息子や娘に接して、急に大人になったような感じをもつ親もあることであろう。

やはり、家庭の外に出てみることは、今でも意味を持っているようである。

*

若い人の中には、「外に出て苦労しろ、ということか!」と反発されるかもしれません。

しかし、苦労うんぬんはさておき、物理的・精神的距離をおくことが、心の負担を軽減し、頭のクールダウンに非常に有効なのは確かです。

夫婦げんかでも、奥さんが実家に帰ったりするでしょう。あれも一つ屋根の下でいがみ合うより、いったん距離を置いて、頭を冷ました方が改善に向かいやすいからです。落ち着いて考えることで、自分や相手を顧みる余裕も生まれます。

親子もそれと同じで、一つ屋根の下を出て、別々に所帯をもった方が円滑にいくケースも多いと思います。

ただ今の日本では、子どもが家を出たくても、その手段は限られています。未成年でも、成人でも、賃貸を借りるにはまとまったお金や保証人が必要ですし、定期的な収入がなければ生活は立てられません。就職して職員寮に入る方法が一番確実ですが、そうした福利厚生を提供している職種は限られますし、将来の選択肢の幅も狭まるかもしれません。

近所に仲のいい祖父母や親族がいて、「一ヶ月ぐらい、うちで過ごせば」と申し出てくれるような関係ならいいですが、住宅事情などもあり、現代社会ではなかなか難しいでしょう。

それでも、親から独立し、物理的・精神的距離を置くことは、関係改善に効果的です。どんなに小さくても社会の中で役割を果たし、役に立つことを実感すれば、誇りと自信に繋がります。選択肢は少ないですが、絶対に不可能でもないので、住み込み可能な仕事を探してみるのも一考です。

ちなみに、私が知っている最年少の住み込み組は、自称『族上がり』のMちゃんです。中学時代はバイク仲間とつるみ、いっぱしの非行少女だったそうですが、卒業後「いつまでもこんなハンパなことはしてられへん」と一念発起、看護助手として職員寮に住み込みで働き始めました。その時、彼女は十五歳でした。私と出会った時は十七歳で、昼間働きながら夜間学校に通い、卒業資格を得たら、看護学校を受験するとのことでした。その後、どうなったか分かりませんが、働き者で、職場の信用も絶大だったMちゃんのこと、多分、志のようにされたと思います。

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変えられるのは自分だけ ~親は最後まで変わらない。変えることもできない~ 憎い、嫌いと思っても、心の底では、いつか親が自分を理解してくれるのではないか、理想の仲良し親子になれるのではないかと期待するのが子ども心です。しかし、親はそう簡単に変わりません。何をどう言い聞かせても、自分の望む通りにはなりません。
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自分が死んではつまらない ~死ねば可能性はゼロになる 自立前の子どもにとって、親に考えを否定されたり、願望を妨害されることは「親を殺すか、自分が死ぬか」というくらい深刻なものです。反抗やワガママと責めるのではなく、親の側にも非がないか、これまでの経緯を振り返ってみて下さい。子供が口答えする間は、関係修復のチャンスが残されています。憎悪が本物になれば、殺人や自殺といった最悪の転機を辿ります。
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