眠れない夜と雨の日には ~不安とは何か

不安はもしかしたら孤独よりもっと性質が悪いかもしれない。

なぜなら、不安にかられたがために、言わなくていいことを言い、疑わなくていいものを疑い、平常時なら考えもしないような突発的な行動に出て、後から激しく後悔する事が往々にしてあるからだ。

孤独が自分の内側で終るのに対し、不安は自分にとって一番大切な人間さえも巻き込む。

孤独を線香の火に喩えるなら、不安は冬の夜の火事だ。燃え盛る炎は、隣近所の屋根だけでなく、辺り一面に火の粉を撒き散らし、町全体を騒がせる。

そして自然鎮火するならまだしも、多くは人の手を借りねばならず、119番通報を受けた消防隊は夜もゆっくり休めない。

周囲の人は「お気の毒」と言いながらも、心底から同情する気にはなれず、心の隅では「人騒がせな」「しっかりせんか」と舌打ちしているものだ。

ならば、孤独のうちに不安と闘う方がいい。

一人静かに――静かにできなければ、ぱあっと派手に――何とか不安を解消する術を見つけて、この心のモヤモヤや息苦しさを消してしまえたら...と、頭では分かっていても、簡単には切り替わらないのが人間の心です。

不安、不安、不安……

人間は、とかく自分の思う通りにならない時、先が読めない時、状況が変化した時、いろんな場面で不安を感じやすいもの。

その大きさ深さも実に様々で、泡のように消え去るものもあれば、不安で夜も眠れない、食事も喉を通らない、果ては過喚起症候群に陥ったり家から一歩も出られなくなったり。

「将来に対するぼんやりとした不安」から自殺した作家もあった・・・。

不安による苦悶は実際に体験した人でないとなかなか分からないし、その最中にある人には何を言ってもどうしようもない部分が多々ある。

かといって、「私って可哀相でしょ症候群」に味をしめ、周囲に愛や理解を求めるばかりで、いつまでたっても不安から抜け出す努力をしないのも問題だろう。

「不安だから」「私って可哀相だから」――最初のうちは人も同情してくれるけど、あまりにしつこいと嫌われるだけだ。

そして、周囲のよそよそしさに、いっそう不安をつのらせることになる。

では、どうすれば、不安は解消できるのか。

そもそも、不安とは何なのか。

それは愛を求める静かな叫びかもしれない。

初稿 2001年7月22日

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