人間の生き様を熱く語る名セリフの宝庫 少年漫画『愛と誠』(梶原一騎 / ながやす巧)

人間の生き様を熱く語る名セリフの宝庫 少年漫画『愛と誠』(梶原一騎 / ながやす巧)
記事について

1970年代、全国の青少年が熱狂した、梶原一騎&ながやす巧の名作漫画。
少年マガジンに連載されていた当時は大変な人気で、西条秀樹主演のTVドラマも制作されたし、懐かしのアイドル麻丘めぐみが、ヒロイン早乙女 愛を意識したヘアスタイルをしていたのもこの頃でした。
でも、この作品の目玉は、なんといっても『悪の花園』スケバン・グループの「影の大番長」高原由紀の存在でしょう。私も一度は投げナイフの練習をしました。ツルゲーネフの「はつ恋」も読みました。この作品はとにかく梶原一騎のネームが素晴らしい。ながやす巧さんの絵柄も、劇画界の大御所・池上遼一氏を彷彿とさせる美しさと迫力です。

この記事はネタバレしません。有名な台詞だけ紹介しています。

目次 🏃

あらすじと見どころ

梶原一騎・原作、ながやす巧・作画の漫画『愛と誠』は、1973年から1976年にかけて、『週刊少年マガジン』に連載され、社会現象ともなった、激アツの青春劇画です。

物語は、大きく四つのパートに分かれます。

  • 第一部 ・・ 名門・青葉台学園を舞台とした、太賀誠 VS 早乙女愛 の対決
  • 第二部 ・・ 悪の花園(花園実業高校) 影の大番長・高原由紀 & 影の校長・座王権太との対決
  • 第三部 ・・ 新宿ヤングマフィア 緋桜団 団長・砂土谷峻との対決
  • 第四部 ・・ 汚職事件をめぐる早乙女一家の悲劇と太賀誠の活躍

ブルジョア階級に美少女・早乙女愛は、子供の頃、蓼科高原のスキー場で太賀誠に命を救われ、彼こそ『白馬の王子』と夢に憧れていました。
しかし、高校生になり、夏のキャンプで再会した愛の前に現れたのは、地元のチンピラに成り下がり、キャンプ客から用心棒代をせびる、太賀誠の姿でした。
彼が不良になったのは、幼い頃、彼に大けがを負わせた自分の責任だと痛感した愛は、両親から見捨てられ、みなしごとなった誠を東京に呼び寄せ、名門・青葉台学園に通わせますが、心の底まで捻くれた太賀誠は、愛にも、教師にも、わざと反抗的な態度を取り、愛の好意を踏みにじります。

暴力事件を起こして、青葉台学園を退学処分になった誠は、『悪の花園』で名高い不良の吹きだまり『花園実業高校』に転校し、愛も彼の後を追いますが、そこでは影の大番長と呼ばれる高原由紀がスケバングループを取り仕切り、逆らった者は「投げナイフ」で血祭りに上げる世界でした。
早速、太賀誠は高原由紀と対立し、彼女を恋い慕う『影の校長』こと座生権太を敵に回します。
愛の必死の頼みも虚しく、誠はまたも闘争に身を投じ、流血沙汰になります。

その次は、新宿ヤング・マフィアの砂土谷峻、ついで、大物政治家を巻き込んでの汚職事件と、どんどんスケールも大きくなりますが、決して中だるみすることなく、最後まで一気に読ませます。

しかも、ラストは、読み終わった後も放心して動けなくなるような終わり方で、これほどの衝撃を与える作品も二つとないのではないでしょうか。
(あえて言うなら、『あしたのジョー』と同じくらいのインパクト。原作者は、同じ梶原一騎ということもありますが)

本作の見どころは、なんと言っても、ながやす拓の美しい絵柄(池上遼一ファンなら大満足)に、昭和・歌舞伎のように流暢な台詞です。

スケバンのくせに、台詞の一つ一つが丁寧な文学調。

むしろ、現代の方が言葉も乱れきって、昭和のスケバンの方が知性も品性も上等ではないかと思えるほどの美しさです。

今となっては、男尊女卑の、古い価値観に感じる箇所もありますが、ブルジョアの美少女・早乙女愛の気品と優しさは白眉のものだし、「男らしさ」を絵に描いたような太賀誠の一挙一動に釘付けになること請け合い。

中でも衝撃的なのは、ツルゲーネフの名作『はつ恋』の書籍をくり抜いて作った『投げナイフ』でしょう。

当時、『愛と誠』をきっかけに、ツルゲーネフの『はつ恋』を読んだ人も多いのではないでしょうか。(私もその一人)
(はつ恋は青空文庫で無料で読めます。興味のある方は は つ恋 Kindle版 (神西清) からどうぞ)

平成・令和の、ぬるい漫画しか知らない方も、一度は読んで頂きたい少年漫画の名作です。(少年というよりは、青年向きですが)

ちなみに、当時、どれぐらい熱狂していたかというと、私は『愛と誠』を読みたさに、わざと中耳炎になって、近所の耳鼻科に通い詰めていたほどです。耳鼻科の待合室に少年マガジンが山積みになっていたのです。「中耳炎」というのは、もちろんフェイクで、なんとなーく耳が痛いだけでも、「耳鼻科に行く」と診察室に通ってたんですね。ドクターはお爺ちゃんで、奥さまが受付されてたんですけど、私が待合室で少年マガジンを読み耽っていたら、家から電話がかかってきて、「ハイハイ、お嬢ちゃんでしたら、もう診察が終わって、そこで漫画を読んではりますよ」と和やかにやり取りするような感じでした。昭和の、遠い昔の話です(^^) 

愛と誠(1) (講談社漫画文庫)
愛と誠(1) (講談社漫画文庫)

これほどの名作にもかかわらず、再版されず、Kindle版にもならない。
やはり台詞が問題なのかもしれません。「白○」とか、今となっては特大NGワードも満載ですし。
設定も、少年漫画の範疇を超えていますし、現代の事情に鑑みれば、再版は難しいのかもしれないですね。

『愛と誠』名言集

お嬢様は強かった : 早乙女 愛

今、私はその場逃れで否定したがっている。
いけない、いけないわ!
たとえどんなに生き恥をさらそうと 人間が自分を偽ってはならぬもの
それが……愛!

東京にある青葉台中学は、政財界人の子女が学ぶ名門中の名門。
わけても早乙女 愛は「顔良し、頭良し、家柄良し」と三拍子そろった美貌のお嬢様として、学園のアイドル的存在でした。

愛は幼い頃、冬山の魔のスロープで命を落としかけたところを、太賀誠に救われます。
が、誠は彼女のスキー板で眉間に深い傷を負った上、家庭も彼自身も、めちゃくちゃにされたのでした。
愛は誠に償う為に、少年院送りになりかけた誠を父親の政治力で救い出し、名門・青葉台高校に編入させます。
しかし、心がすっかり荒んでいる誠は、愛の真心を逆手に取って、名門校を潰しにかかります。
学園のリーダー達は誠に制裁を加えようとしますが、誠は皆の前で、愛は自分に「ホレているのだ」と言い放ち、皆を唖然とさせます。
その場にいた者達は、ただちに否定するよう愛に迫りますが、愛は上記のような理由から、「否定……しません」と、堂々と答えるのでした。
以来、愛は「落ちた偶像」として、学園中の軽蔑の眼にさらされることになります。


おとうさま おかあさま
お二人は私に「愛」と名付けてくださいました。

愛―― 
人を愛することだけはこの世を支配する法則とは別世界のものです。
この世の法則――
それは人間が幸福に生きていくことです。
幸福に生きるために利益をあげ、不利益をさけることです。
でも愛だけは愛する人のために、自分の不利益をも選ばせる力をもちます。

事業は利益追求の代表です。
ですから形成に応じて変化する必要もあるでしょうが、真の愛は不変です。
真の愛は報酬を求めぬ故に。

「愛は死よりも強し」
この言葉を最近ずっしり実感できるようになりました。
どうかしばらく旅立つことをお許しください……。

名門青葉台高校を追放された太賀誠は、札付きのワルが集まる「悪の花園」こと花園実業高校に転校します。
愛も迷わず、誠の後を追いました。
愛の両親は、「いつになったらお前は冷静になるのか?」と、厳しく愛に迫ります。
それまで愛の味方だった心優しいパパまでも、今度ばかりはがっくりと肩を落とし、立派な事業家だった祖父の事を引き合いに出して、説得にかかります。

「お前のお祖父さんも、一度決めた事はとことん貫く強い信念の持ち主だった。だが形勢を不利と見れば、どんなに心血注いだ事業も、きっぱり切り捨てられる決断力があった。それゆえに今の早乙女財閥があるのだ」。

それでも愛は、誠への愛を貫く為に両親と訣別し、家を出る決心します。
その時、彼女が両親に当てた置き手紙がこれ。
梶原一騎が伝えたかったテーマの真髄がここにあると思います。
「愛だけは愛する人の為に 自分の不利益をも選ばせる力をもちます」という言葉が良いですね。


ああ こんなに岩清水君はいい人で、頼もしい男性であるのに
わたし どうしてこうなの!

私をなげやりにさせるのは、あの誠さんの冷たさ……

ほんの少しでも誠さんが優しかったら、どんな試練が続いても救われるのに
この限りない岩清水くんの優しさにも救われない

す すみません  岩清水君

愛にひたむきな想いを寄せ、真心を尽くす同級生の秀才、岩清水 弘。
彼が良い人だって解っていても、彼女の心は「誠さん」オンリー。
彼女に心魅かれながらも、愛に素直になれない誠は、彼女の一途な想いを知りながら、わざと冷たく当たります。
そんな誠のつれなさと、岩清水君の優しさの板挟みにあいながら、愛が胸中でもらす言葉がこれ。
女心ですね~。

男の中の男 : 太賀 誠

もともとお前さんの傘だが、俺への思いやり気取りで手渡したが百年目
もう返してやらねえ
俺は俺だけの雪の冷たさを守りゃそれでいい

つまりそういうことを!
この世は自分だけ大事にしときゃいいってことを!
この傷が俺に教えたんだ!こっぴどく!

命懸けで愛を魔のスロープから救い出したものの、彼女のスキーで眉間に大怪我を負った太賀誠。
その傷は、彼自身だけでなく、彼の家庭をも崩壊させます。
愛の計らいで名門・青葉台高校に転入したものの、わざと彼女に逆らうような心無い行動ばかり起こす誠。
そんな誠をに、愛は「なぜ?」と問いかけます。
すると誠は、「こんな俺に誰がした? この傷を付けたやつだ!償えるかどうか、寒さに震えながら聞きやがれ!」と、彼女を助ける為に身を投げ出して受けた傷がどんな形で彼に祟り、彼のささやかな家庭の幸せをズタズタにしていったか告白します。
愛は、彼のあまりの傷の深さに「とても償いきれない……」と痛感しながらも、自分を命懸けで救ってくれた彼に対し、愛を貫く事を心に決めるのでした。

同じデカさの車なら、何を仕掛けてこようと、むしろ度胸をほめてやるがよ
でっけえものに保護され、かさにきてくるヤツは許さねえ
ダンプにかぎらずな

太賀誠はポリシーの塊、男気にあふれた誇り高い男。
左記は、高速道路で執拗に幅寄せしたダンプの運転手をとっ掴まえてぶん殴った後、口にする言葉です。
虎の威を借るキツネほどみっともないヤツはない。
でも、世の中、こういう小賢しい輩が多いよね。男らしくないよ。

じいさんよ

あんた……とどのつまり……男として死んだな

男だったぜ

国有地払い下げをめぐる汚職事件で、早乙女愛のパパの嫌疑を晴らす為に壮絶な割腹自殺をとげた政財界の黒幕、座王与平。
上記は、誠が彼の遺影に向って語りかける言葉。
一時は、誠の命さえ奪おうとした怪物ですが、恩義の為、正義の為に潔い死を選んだ彼に対し、誠も心から哀悼を捧げます。

誇り高き悪の美学 : 高原由紀

血を見ることになるよ、今度は……

札付きのワルが集まる、「悪の花園」こと花園実業高校。
そこでは決して姿を表に現さない「影の大番長」が、絶対的な権勢を振るっていました。
誠が既に「影の大番長」とスケバン・グループの標的にされている事を知った愛は、その正体を探り、土下座してでも誠を魔の手から救おうとします。
そんな彼女が出会ったのが2年D組の高原由紀。
不良のふきだまりのような悪の花園で、白樺にもたれ、ツルゲーネフの「初恋」を読み耽るような絶世の美少女でした。
愛は、「ロシア文学を読むような女生徒となら、“影の大番長”の事について冷静に話し合えるかもしれない」と由紀に声を掛けますが、逆に「あなたは太賀誠について、もっと冷静になるべきだ」と諭されます。
それでも誠を放っておけない愛は、街角で由紀の姿を見掛けると、「あの理知的な微笑にさげすまれてもいい、あの人に大番長の正体を聞くのだ」と彼女の後を追います。
が、彼女が目にしたのは、スケバン・グループの前で投げナイフを自在に操り、魔女のように振る舞う影の大番長=高原由紀の姿でした。

バラよ! 我が指をトゲで刺すなかれ
我は詩人なれば、そなたに手をふれず
ただ そなたの美をたたえるのみ

ところが わしづかみにしてくる無神経な山ザルは
そのトゲに刺されて血を見るしかないのさ!

財界の大物である早乙女愛のパパは、愛娘をスケバンから守る為、部下の息子で、スポーツ万能の天地大介を研修生兼ボディーガードとして花園高校に送り込みます。
しかし、彼もまた高原由紀の投げナイフの前に倒れ、精神を病んでしまいます。
彼女の投げナイフは決して相手を傷付け、血を流すことはない――けれど標的にされた者は、紙一重で放たれたナイフに血を見る以上の恐怖を味わうのです。
太賀誠に狙いを定める高原由紀は、左記のような言葉で、その末路を不気味に暗示します。
百発百中の彼女の投げナイフは、中身がくり貫かれた、ツルゲーネフの「初恋」の中に収められています。
今見ても斬新なアイデアです。

花園スケバン・グループに「すみません ごめんなさい」のたぐい(類)はなかったろう。
はじめから それをいう必要がないように振る舞い
それを口にするときは 血の海で泣きわめいて手遅れさ

高原由紀とスケバンたちのやり取りを隠れ聞いていた早乙女 愛は、あまりの恐ろしさにその場から逃げ出します。
その気配に気付いた部下の一人が、後を追いかけようとして、由紀の足につまづいてしまいます。
すると由紀は、詫びる部下の口の中に火の点いた煙草を投げ入れ、左記のように吐き捨てるのです。
それにしても、花園スケバン・グループのお嬢さん方って、不良のわりには饒舌で文学的なんですよね。
由紀を筆頭に。
“ワルの中のインテリジェンス”とでもいいましょうか、とにかくセリフがイカしてます。

黒幕にも美学 : 座王与平


男らしい男になれい
あほでも 名もなく 貧しくとも
お天道様に恥じぬ男に

政財界を陰から操る黒幕といわれる右翼の大ボス、座王与平。
一声かければ一流銀行や商社がけし飛ぶほどの大物も、息子の前ではごく平凡な一人の父親でありました。
早乙女愛のパパを巻き込んだ、国有地払い下げをめぐる汚職事件が発覚した時、座王与平は彼への疑惑を晴らす為、自ら腹を十字に切り裂き、死をもってその潔白を証そうとします。
そんな座王与平が、息子の権太に最後に告げる言葉がこれ。
今は“お天道さま”なんて言葉も滅多に使われなくなったけど、人としての正しい生き様を説く上で、“お天道さま”という言葉は、とても解りやすく、良い表現だと思います。

ええかっこうじゃのう 砂土谷

極道の世界にも、重んじねばならない義理もあれば道理もある。
ところが最近、新宿に台頭してきたヤングマフィア「緋桜団」には、義理も道理もない。
邪魔者はただ刺す! 殺す!
やがて「緋桜団」のボス砂土谷 俊は、政財界の大物、座王与平にも狂気の刃を向けますが、圧倒的な彼の力の前についに捕らえられます。
全身を縛められ、座王与平の前に引きずり出された砂土谷に向って、与平が口にするセリフがこれ。
凄みがあります。


一寸きざみ 五分きざみに切り刻まれ
コンクリートづめにされた貴様の死体が隅田川の川底からあがれば
子分のザコどもは しょんべんもらして 腰抜かすだけよ

これは座王与平に忠実なボディガードたちの脅し文句。
ボスがボスなら、部下も部下。その一言一言にドスが利いて、ナンバのヤクザも顔負けです。
「一寸きざみ 五分きざみ」という表現がお気に入り。
いしいひさいち氏が大阪風に書くと、「大阪南港の水は冷たいでえ」となります。


そして ただちに太賀とやらは 土蔵から連れ出し
どこぞ 人目につかぬ場所で始末してしまうがよい
永遠に 完全に……の!

部下の脅し文句も効いてるけど、ボスの脅し文句はもっと強烈。
最愛の息子・権太が誠に傷付けられた事を知った座王与平は、誠に対しても容赦無い報復を命じます。
「永遠に 完全に」という表現がたまりません(^_^;)

秀才 愛に報われず : 岩清水 弘


愛するってことは 真実の愛とは
相手が愛してくれないからって取りやめたり
相手を上等だの下等だのと品定めしたり
そんな取引じゃない
ひたすら捧尽くすもの! 報酬を求めぬもの!
少なくとも僕はそう信じるよ。

両親の反対を押しきって、悪の花園高校に転校した愛。
彼女は両親から離れる為に家出し、アパートで自活を始めますが、根っからお嬢様育ちの彼女には、「駅前の大衆食堂で食事をするような」安っぽい生活に耐えられません。
母親と一緒に様子を見に来た岩清水君は、すっかりやつれた愛を見て、家に帰るよう説得します。
誠を愛するがゆえに、弘の真心に報うことができない愛は、「私など下等な女と思って、忘れて……」と訴えますが、弘は上記のように答えるのでした。
ところで、正統派ヒーロー岩清水君と、アンチヒーロー太賀誠の違いは何か?
やはり「男のフェロモン」の質の違いでありましょう。
「良い人」は良いけれど、それ以上のもんでもそれ以下のもんでもないんだな。残酷だけども……。

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