新約聖書と西洋絵画で読み解く「ゲッセマネの祈り」

目次

新約聖書『ゲッセマネの祈り』について

ゲッセマネの祈り ―― Agony in The Garden(直訳すれば、庭園での苦悩) ―― は、イカオステのユダの裏切りにより、自身の運命を予感したイエスが「父(神を指す)よ、できるなら、この杯(苦難と死を意味する)を私から取りのけて下さい。しかし、私の望みからではなく、あなたの御心のままに」と祈りを捧げる場面です。

場所が「オリーブ山」であることから、『オリーブ山の祈り』とも呼ばれます。

オリーブ山はエルサレム東部にある海抜814メートルの山で、イエス昇天の山とも言われます。イエスが祈りを捧げた岩の上には、現在、教会堂が建てられています。(視覚デザイン研究所『マリアのウインク』より)

また、ゲッセマネは、新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) 文庫にて、次のように定義されています。

ゲトセマニ(ゲッセマネ)とは、ヘブライ語で「油しぼり機」の意。エルサレムの東、オリーブ山の西傾斜面にある園。

実際にどのような所かは、下記の動画で視聴することができます。オリーブ山からゲッセマネに至る紹介されています。 『Virtual Jerusalem』より。
Descent From MOUNT OF OLIVES To GETHSEMANE. JERUSALEM.

新約聖書では『マタイオスによる福音書』『ルカスによる福音書』『』で、次のように記述されています。

マタイオスによる福音書 第二十八章 『ゲトセマニで祈る』

さて、イエススは弟子たちといっしょにゲトセマニという所に来ると、彼らに、「わたしがあちらへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言った。そして、ペトロスおよびペダイオスの子二人(ヤコボスとヨハンネス)を連れて行ったが、悲しみと悩みに襲われた。そして、彼らに言った。

「わたしは死ぬほどに悲しい。ここにいて、わたしといっしょに目を覚ましていなさい」。

少し進んで行って、うつぶせになり、こう祈った。

「父(神を指す)よ、できることならこの杯(苦難と死を意味する)を過ぎ去らせてください。でも、わたしの望みどおりではなく、お望みどおりになさいますように」。

それから、弟子たちのところへ戻ってみると、彼らは眠っていたので、ペトロスに言った。

「お前たちはそんなに、わずか一時間もわたしといっしょに目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。心ははやっていても、肉体は弱いものだ」。

また、二度目に向こうへ行って祈った。

「父よ、わたしが飲まないかぎり、この杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの意志のままに行ってくださいますように」。

また戻ってみると、弟子たちは眠っていた。眠くてしかたがなかったのである。

そこで、彼らを離れ、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈った。それから、弟子たちのところに戻って来て言った。「まだ眠っているのか。休んでいるのか。さあ、時が近づいた。(人の子)は罪人たちの手に引き渡される。立て。行こう。わたしを裏切る者がやって来た」。

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) 文庫

同本では、「罪人」とは、神および「メシア(救い主)」に敵対する者の意」と定義されています。

ルカスによる福音書 第二十二章 『オリーブ山で祈る』

イエススはそこを出て、いつものようにオリーブ山に行くと、弟子たちもついて来た。いつもの場所に来ると、イエススは弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言った。そして自分は石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈った。

「父(神を指す)よ、できるなら、この杯(苦難と死を意味する)を私から取りのけて下さい。しかし、私の望みからではなく、あなたの御心のままに」

すると、天使が天から現れて、イエススを力づけた。

イエススは苦しみもだえ、ますます熱心に祈った。汗が血のしたたるように字面に落ちた(本節の書けている異本もある)

イエススが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻ってみると、彼らは悲しみのために眠り込んでいた。

イエススは言った。

「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らないように起きて祈っていなさい」

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) 文庫

マルコスによる福音 第十四章 『ゲトセマニで祈る』

一同がゲトセマニという所に来ると、イエススは弟子たちに「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言った。

そして、ペトロス、ヤコボス、ヨハンネスを連れて行ったが、イエススはひどい恐れと悩みに襲われ、彼らに言った。

「わたしは死ぬほどに悲しい。ここにいて、目を覚ましていなさい」。

少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと、こう祈った。

「アッバ、父よ、あなたはなんでもおできになります。この杯(苦難と死を意味する)をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが望むことではなく、お望みになることが行われますように」。

それから、戻ってみると、弟子たちは眠っていたので、ペトロスに言った。

「シモン、眠っているのか。わずか一時間も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。こころははやっていても、肉体は弱いものだ」。

また向こうへ行って、同じ言葉で祈った。

また戻ってみると、弟子たちは眠っていた。眠くてしかたなかったのである。彼らはイエススになんと答えてよいかわからなかった。

イエススは三度目に戻って来て言った。

「まだ眠っているのか。休んでいるのか。もうこれでいい。時が来た。さあ、(人の子)は罪人たちの手に引き渡される。立て。行こう。わたしを裏切る者がやって来た」。

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) 文庫

同本では、「『アッバ』はアマライ語で、元来は『父』を表す幼児語。ここでは神を指す」と定義されています。

西洋絵画で読み解く『ゲッセマネの祈り』

ゲッセマネの祈りを描いた絵画は数多く存在しますが、最も有名なのは、ベリーニとマンテーニャかな、と思います。

イタリア・ルネッサンスを代表するアンドレア・マンテーニャの『ゲッセマネの祈り』は、足元で眠りこける三人の弟子、ペトロス、ヤコボス、ヨハンネスと、天上でイエスを力づける天使(キューピーみたいで可愛い)の対比が見事です。

また、遠くから近づいてくる「罪人たち(裏切り者)」の姿があり、これから起こる悲劇をドラマティックに描いています。

Agony in the Garden

同じく、イタリア・ルネッサンスを代表する画家ジョヴァンニ・ベッリーニの『ゲッセマネの祈り』は、天使が苦難を意味する杯を捧げ、その下でイエスが祈りを捧げています。

弟子は一人が爆睡、その向こうに、イエスを捕らえに来る人々の姿が見えます。

Giovanni Bellini - Agony in the Garden (detail) - WGA1646

18世紀に活躍したドイツの画家、ハインリヒ・フェルデナント・ホフマンの『Christ in Gethsemane(ゲッセマネのキリスト)』は、祈るイエスにフォーカスし、深い苦悩の中にも厳かな雰囲気を醸し出しています。

Christ in Gethsemane

19世紀のデンマークの画家、カール・ハインリッヒ・ブロッホの描く『Gethsemane』は、イエスに寄り添う天使の姿が母のように優しく、輝いています。
中世期の画家らが、聖書の世界観を忠実に表そうとしたのに対し、近代の画家は、イエスに現代人の苦悩を重ね見るような絵柄が多いです。

Gethsemane Carl Bloch

14世紀のイタリアの画家、ジュゼッペ・チェーゼリの描く『 The Agony in the Garden』は、爆睡する弟子たちにフォーカスし、人間の心の弱さを浮き彫りにします。
画面右端、闇に紛れて近づいてくる裏切り者らの姿も、この後の悲劇を想起させ、運命の場面をドラマティックに演出しています。

ある意味、弟子たちも、この後、十分に苦しむのだから、イエスが好意で寝かせておいてあげた・・というのは、あまりに突飛でしょうか(^_^;

しかし、たたき起こさなかったことを考えると、それも優しさと感じるんですね。

人間、眠れる時に寝ないと、力もつかないし、精神がもたない。

Giuseppe Cesari (1568-1640) (after) - The Agony in the Garden - 138280 - National Trust

決然と生きる ~現代の『ゲッセマネの園』

十二人の弟子と食卓を共にした『最後の晩餐』の後、イエスはペトロス、ヤコボス、ヨハンネス(ペトロ、ヤコブ、ヨハネ)の三人の弟子を連れて、オリーブ山のゲッセマネの園に向かいます。

この時、イエスはすでにユダの裏切りを知り、その後の悲愴な運命も予感していました。

神の子とはいえ、死は恐ろしいものです。

しかも反逆者として捕らえられるのですから、恐ろしい拷問や辱めを受けるのは必至です。

だから、イエスは言いました。「この杯を取り除いてください」と。

それが人として当然の気持ちです。

しかし、次の瞬間には、このように受け止めます。

しかし、私の望みからではなく、あなたの御心のままに

自分の望みとしては、苦難を取り除いて欲しいが、それが父である神の意志ならば、私は喜んでそれを受け入れる、という潔さですね。

新約聖書の中では、『ゲッセマネの祈り』の場面が一番好きです。

なぜなら、どんな人間にも、生涯に一度はこういう場面が訪れるからです。

運命から差し出された苦難の杯を潔く受け取るか、あるいは投げ出すかで、人間の生き様も二分します。

「受け取る」と言うと、「諦め」のように思われがちですが、苦難を受け入れることは、強い意志と理性がなければできません。

それはしばし、逆らい、立ち向かうよりも、非常に勇気の要ることです。

たとえば、終わった恋愛から潔く身を引くことは、誰にでもできることではありません。

多くの場合、怒り、執着し、何が何でも相手を振り向かせようと躍起になる人も少なくないのではないでしょうか。

誰だって、人も、物事も、自分の思う通りにしたいものです。

しかし、この世の中は、思う通りにならない事の方が圧倒的に多い。

物事が思う通りにならなかった時、真に問われるのは、スキルではなく、受け入れる力です。

それは諦めでも敗北でもなく、理性の勝利です。

結論に至るまでの過程は、失敗しようが、落ち込もうが、納得いくまで煩悶すればいい。

それこそ傍で見ていて、哀れなくらい、苦悩すればいいと思います。

しかし、ある時点で心を決めたなら、どんな結果に終わろうと、決然と立ち向かう。

それこそが、心の強さです。

みっともない最後でも、決して恥にはなりません。

何故なら、運命を受け入れた瞬間は、心が最高に輝くからです。

宮崎駿の映画「もののけ姫」でも、村のばあ様が言ってます。「運命は誰にも変えられない。だが自ら赴くか、待つだけかは決められる」。

もし奇跡が起きるなら、それは苦難の杯を受け入れた時。

一段と心が鍛えられ、立ち向かう勇気を得た瞬間です。

神の望みとは、あなたの願いが成就することではなく、あなたが人間として一段と強く、美しく、成長することかもしれません。

キリスト教に関する本

おすすめの本を紹介しています。現在は絶版になっているのもありますが、興味があれば、図書館でリクエストして下さい。

わたしが初めて購入した新約聖書です。
格調高い文体と詳しい注釈が魅力の一冊ですが、現在は廃刊となっています。
同様のものは、聖書 新共同訳 新約聖書 Kindle版で読むことができます。
興味のある方はぜひ。

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) 文庫
16世紀の宗教改革以来、カトリックとプロテスタントとに分裂していたキリスト教界は、現在、協調と一致の方向に向かっている。本書は、このような時代の流れの中で、両派が協力して翻訳した本邦初の『新約聖書』。両派で思い思いに使ってきた言葉を共通化し、内容に沿って小見出しをつけたほか、歴史的・宗教的事項に注を付してあるので、新約の世界とその時代がありありと甦ってくるこれからの時代の万人向け聖書の決定版である。

キリスト教を歴史・文化から読み解くムック本。
テーマも、イエスの生涯からカトリック教の儀式まで幅広く、写真や図解の資料も多数掲載されています。
他の解説本とは一線を画しています。絶版になってますが、知的読み物としておすすめです。

キリスト教の本 (上) (New sight mook―Books esoterica) ムック
イエスとは何者だったのか?
2000年の昔、全人類の罪を背負い、ひとりエルサレムで十字架上に死に、そして復活した人間イエスの原像と聖書成立の謎を徹底解読。また神の国=教会を舞台に展開した、キリスト教信仰のすべてを網羅し、世界最大の宗教の全体像に迫る。

聖書に登場する主要なエピソードを時系列に並べ、西洋絵画を添えて紹介するもの。
解説はコンパクトながら、学術的な要素がしっかり入っています。
オールカラーで、有名な絵画は大半収録されています。
入門編としても、中上級者の確認資料としても、おすすめです。

西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
本書で扱う主題は旧約聖書・新約聖書の物語、マリアや聖人の伝記である。聖書の記述の順に名画をカラーで配し、物語の欄でその絵柄を追いながら主題を説明。解説の欄で画家たちがその主題をどのように取り扱ったかを簡潔に述べる。主題を通しての西洋美術の理解に、美術作品を通しての西洋文化の理解に、展覧会や海外旅行に、美術を愛する万人必携の1冊。

「まんが」といっても、コテコテの漫画ではなく、茶目っ気のあるイラストです。ツッコミも可愛い。
昨今のまんがで分かるシリーズと異なり、内容は意外とアカデミックで、絵画に描かれるシンボルの解説もわかりやすいです。
気軽に西洋絵画に親しみたい人におすすめ。

マリアのウィンク―聖書の名シーン集マリアのウィンク―聖書の名シーン集
聖書の一場面が描かれた名画は多いけれど、聖書のどんな話かわからない人も多いはず。この一冊を読めば、その場面の話や隠された意味がわかり、絵がより身近に感じられるようになります。
・旧約聖書の名シーン
・まんがで見る アブラハム・モーセ
・新約聖書の名シーン
・まんがで見る キリスト・ヨハネ
・聖人伝

詳しくは、下記の記事をご参照下さい。書籍のスクショも掲載しています。

参考: 初心者にもわかりやすい キリスト教の本

初稿:1998年秋

誰かにこっそり教えたい 👂
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